しかしつくづく自分勝手な介護だった
こんにちは ロンです!
ここから始まった
私は20年前くらいに今の家を買い 母を呼び寄せて同居をしました
しかしそれは一瞬と言っていいほどの短い期間の同居でした
私も実家を出てから結婚して十年くらい経っていましたし そうなるといくら親と言えど生活スタイルが別物になっていました
そこからの同居はどうにも折り合いが悪く 数カ月で同居を解消し母はひとり暮らしをしました…
そしてそこから私は母と疎遠気味になります…
どうにも『母を追い出して…母を見捨ててしまった』というという後ろめたさや自責の念に耐えられなかったのです
そしてその後ろめたさは20年間変わりませんでした…
なんだかんだ1年に1回くらいは会ってはいたので 人によってはそこまで疎遠ではなかったのかもしれませんけどね
ただ『母を見捨ててしまった…』という後悔はいつまでも取り除けなかった…
そして今から数年前…
母はひとり暮らしをするのが難しくなった…
私の介護はここから始まったのです
私は汚い男なんですよ…
母の介護を始めた時には私はすでに早期退職を目指していましたから 母の介護とパワハラ受けつつ仕事の両立が非常に高いハードルになっていた
正直…よくもまあここまで悪いことが重なるもんだ…と自分の運命が恨めしく思ったもんです…
しかし しばらく経つと私は過去に母にしたことへの清算をするチャンスだと思いました
年老いた母が困っている今こそ私が手助けするのだ!
むしろこの大変さこそが私の過去の後悔を洗い流してくれるように感じる
そして今度こそ絶対に最後までやり遂げる!と心に誓いました
しかしつくづく自分勝手な介護だったと思います…
母の介護をすることで自分も過去を清算して救われようとしていただけですし…
介護をしたところで過去にしたことが帳消しになることはない
本当に私は汚い男なんですよ…
ただ最後に介護をしたことで私も救われたのは事実なんです
介護を始めると忙しいのですが しばらくすると私のライフワークのようになってきました
母は高齢だったしもう先は見えているので その時その時の瞬間を頑張れたし 大切に過ごすことも出来た
なにより自分に掛かる負担が絶妙だった
やはり介護とは距離感…
すべて自分でやろうとせずに 頼るところは他者に頼り カネで解決出来ることはカネで解決した方がいい…
もちろん誰しも介護が出来るわけではないし 自分にとってちょうどいい距離感を保つことが大切です
私の場合は無職になったので余裕を持って取り組むことができた…
だから比較的に介護が楽しくできたし 思い出しても母と一緒に居たことは甘い時間だったように感じます
私は母が亡くなって悲しい…
もう少し長く生きてくれると思っていたし もう少し一緒に居たかった
だってせっかく無職になったんだからね
もっともっとお世話したかった…
しかし母は急に亡くなったのではない…
ちゃんと段階を経て亡くなった
そして私はそのすべてを目撃してきた
母は私に心の準備期間を取ってくれたのです
なので私も心のどこかでやり切った感がある…
そりゃもっと出来たことはあったでしょう…
でもその時にはベストだと思える判断でやってきた
無数の小さな悔いはあるけれど深い後悔はない…
自分に及第点をあげられると思う…
私の産みの親であり今の日常のライフワークでもあった母が亡くなった…
精神的なものと生活の軸であった母の介護が失くなってしまい 今はあまりこれからのことを考えることができません…
まだ葬式だって終わってないですし 今はなにもやる気が起きないんですよね…
なによりこのブログのタイトルだってどうしよう…
私のブログの唯一の存在意義である母の介護が失くなってしまい これじゃただの中途半端なおっさんの生活日記になってしまう…
ワタシ的にも母が居なくなり…心の消失は大きいし ブログ的にも主軸を失ってしまった…
50代早期退職の虫の息ブログといった感じです…
では皆さん良い一日を
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