最低限の仁義ですかね…
こんにちは ロンです!
ハラが痛い…ストレスだな…こりゃ
救急搬送された日の朝…
私はパイプ椅子を二個くっつけて 体を丸めた状態で仮眠を取りましたが 猛烈な腹痛で目が覚めました
たぶんストレスからくる神経性の腹痛です
もう座っているのもキツい…
一度家に帰って態勢を立て直したいと思っていましたけど これじゃ車の運転すら出来ないかも…?
会社に行く前に嫁ちゃんが病院に来るというので やっぱり会社を休んでもらい 薬も一緒に持って来てもらいました
やはり昨日から続く慣れない環境やパイプ椅子での仮眠のダメージがデカいし 挙げ句に『今夜が峠だ』と医師に言われてしまった
母の最後になるなら私の兄姉に電話をしようか…止めようか…の葛藤からくるストレスもある…
やっぱり連絡したくない…
結局電話した
救急搬送された次の日の母は だいぶ意識が戻って来て会話は普通にできるようになりました
救急搬送される前は七転八倒して意思の疎通は難しかったですからね…
朝に目が覚めて私を見るなり…『なんで居るの?』とはっきりした口調で言った時は嬉しかった…
こんなドラマみたいなシーンあるんですね…
でもまだ呼吸は荒いし いつ体調が急変するかは分からない…
担当医に聞いたって分からないんですから私に分かるはずがない
もうこれで最後のような気がするし 大丈夫なような気もする…
正直あまり実感が湧かない…
しかしいよいよの時が来てからは遅いですからね…
やっぱりあいつら(兄姉)に連絡した方が良いのだろうか…?
私の判断で情報を出し入れするのもなんですし… 最低限の仁義ですからね…
(仕方ない…電話するか…)
朝の9時頃に姉に電話をして2時間後くらいにヤツらは病院に来ました…
最後に会ったのは兄は1年くらい… 姉は…思い出せない… たぶん5〜6年かな…?
久しぶりの面会でしたが…私はまったく嬉しくもない… むしろ無の感情…
ただ同じ母から産まれただけの関係性で電話しただけで本当は電話したくなかった…
もう馴れ合う気はない…
もともと数年前に兄⇒姉⇒私という連絡網で『母がボケてきてヤバい』という情報が回ってきた…
そこから私はデイケアなどに電話をして母の介護が始まったんです…
そして今の今まで私は奴らに頼らずデイケアから小規模多機能…そして老健から特養まで一人でやってきた
毎週のように通院して 用があれば役所や銀行も行って何度も入院して救急搬送だってされた
母の介護をしつつ パワハラを受けてた会社を早期退職するために頑張っていたので正直辛かった…
でもそれもこれもすべては自分のため…
ヤツらが介護から逃げたとかはどうでも良い…
私だって自分のエゴで介護しただけ…
絶対に介護するんだ!という自己満足のための介護だったのです
ヤツらにはヤツらの母との付き合い方がある
だから兄姉を責めることはない…
しかしもう馴れ合う気はない…
昼過ぎには救急搬送された病室から個室の一般病棟に変わりました
もともと私は泊まりを覚悟していましたし そのために個室の部屋にしました
この日ヤツらは5時間くらい病室にいましたが 数時間経つ頃にヤツらは帰りたいオーラがビンビン出てました…
そして私も昨日からの疲れで個室の隅に電動エアベッドを広げてもう寝たい…
姉の旦那が『もうそろそろ帰ろうか…』なんて口火を切ってくれたので 私も『なんかあったら連絡する…』と言ったらヤツらはそそくさと帰って行きました
まだ時間は夕方16時くらいでしたが 私は電動エアベッドを膨らまし…その後の記憶はほぼありませんけど たぶん『泥のように眠る』とはあの事だったのでしょうね
一瞬の内に眠りこけました…
前日から始まり二日間に渡る長い長い1日でしたが これから先もまだまだ不透明だし どう転ぶか分からない…
思い返せばぐっすり眠れたのはこれが最後でした
とりあえず母の状態が安定しないことには 私の安心もない…
私を安心させたいのならば 『お母さん…まだ頑張ってよ…』
では皆さん良い一日を
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