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愕然とした引っ越し当日…

こんにちは ロンです! よりによってゴールデンウイークとは… 今はまだ引っ越し日が決めていないので 『いつ引っ越ししようかな…』と悩んでいます なんせ引っ越し時期がちょうどゴールデンウィークに被りそうなんですよ… 引っ越し屋に問い合わせたら やはりゴールデンウィーク期間中は料金が高いそうですね まあそりゃそうなんですよ… 誰だって引っ越しは休日にやりますからね ましてやゴールデンウィークなら余裕を持って引っ越しできますからね… 私は無職なのでいつでも連休なんだけどな… なんでこんなタイミングで物件の引き渡しなんだろう…? 私にとっては最悪のタイミングでの引き渡し時期です いつ引っ越そう…  先日の不動産の契約の時には 火災保険保険…そして引っ越し屋業者の案内までされました そして水道電気などライフラインの代行してくれる業者も紹介されました ぜんぶ不動産屋と業者が繋がっているんですよね 不動産屋としたらこんなチャンスはないですから 当然見逃すはずはない まあ家を買えば火災保険やライフラインは絶対に必要ですからね なんならリフォームだって勧めてきますよ もうビジネスモデルとして確立しているわけです しかし私はこういったモノを他者に丸投げするのは好きではない… どうしても面倒くさいと人に丸投げしたくなりますけどね… でも面倒くさいことを業者に一括して任せて良いのはお金持ちだけですよ… 彼らは無償で私をサポートしてくれるわけではない… 自分でやればその分はお金が掛かりませんからね それに自分が搾取されていると感じるのは嫌なんですよ 決してケチとは違うんです…(しかし人はそれをケチと言う…) しかし色々調べて比較しないといけないので面倒くさい… まあ引っ越しなんか20年ぶりだからな 最近はネットで調べたり 直接連絡して聞いてみたりと面倒くさい… まあ私は時間だけはありますからね… ぼちぼちやっています… しかしこのぼちぼちやっている…というのも意外と悪いんですよね… 今度買ったマンションの決済が終わったとしても自宅販売をしていないので 急いで自宅を明け渡す必要はない状況ですからね 『そんなに急いで引っ越さなくてもいいか…』 そういった自分の甘えが出てしまう… なにより今はやることが多くてなにを優先すべきか分からないし 少し戸惑っている… ずっと検討を重ねているだけで ...

どんだけ証明すんだろう…

 こんにちは ロンです! もう一回行こう 2月は色々あって疲れました… でも母も娘も一気に居なくなってしまってはしょうがないですよね… 今だに気持ちが落ち着かないでいますが なるべく日常に帰るようにしています 今は目先のことを一つづつ終わらせて行くしかないですしね… とりあえず先日行った役所の手続きを終わらせる必要もあるし 少しくらい忙しい方が良い気もします まあ面倒くさいけど もう一回役所に行ってこよう… これで終わったかな? やっと連休も明けたので役所で手続きを再開です 前回きた時には書類が足りなかったので今度こそ終わりにしたいです 今日の手続きは母の年金の未支給金と高額介護合算療養費の手続きが残っています 未支給金を請求したり…還付金の手続きなので 自分から申請しないと返ってこないわけですから手間がかかります お金を得るという行為は簡単ではない…と改めて実感しますね 年金の未支給金の手続きは『第三者による証明』を老人ホームにしてもらわないといけないので いきなり役所に行ってその日だけで手続きを終わらすのはかなり厳しいです まあ私は無職なので必要とあらばいくらでも役所に行けるので『面倒くさい』という気持ちだけがネックですけど 普通に平日に仕事をしていている人は役所に2回行くのはキツいですよね… まあ役所は書類がすべてなので仕方ない部分もありますね 前回の役所の手続き行った帰り道に 第三者による証明をしてもらうために老人ホームに行きました また日を改めて署名捺印をもらいに行くのは面倒くさいですしね 役所の駐車場でアポイントを取って すぐその足で老人ホームに行きました 老人ホームは仕事柄 こういったケースは慣れているので話しの意図はスムーズに伝わりましたし ちょいちょいと署名捺印をもらいました あとは連休明けまでに必要書類に記入して もう一度役所に行くだけです ちなみに年金の未支給金の手続きでは 私名義の通帳かキャッシュカードが必要になりますけど ネット銀行は通帳がないのでキャッシュカードは絶対に必要です やはりお金の出し入れで手数料を取られるのでネット銀行が一番使い勝手が良いですからね 私はこういう時にはネット銀行一択です あとは私と母の住民票さえ揃えば年金の手続きは終わりです やはり役所は書類関係がキモですね 残るは高額介護合算療養費の手続きですが 意外...

第三者による証明が必要だ…

 こんにちは ロンです! しょうがない…行ってこよう 母が亡くなってから娘も出て行き…なにもやる気がでませんでしたが いつまでもそうは言ってはいられません… 亡くなって2週間以内には役所で手続きをしないといけないし… しょうがない…役所に行こう… 義母が亡くなった時も私が代理人で申請してきたので手順はそれほど変わらないだろうし… しかしやはり自分の実母の場合はフットワークが悪いです 実母を失った…あの時の嫁ちゃんの心境が分かりますね… 場合によってはハードルが高い 役所の手続きも義母が亡くなった時と似たようなもんだろう…  あの時も半日くらいで終わったので そこまで面倒くさくなかった印象です 市から発行している『お悔やみブック』に手続きに必要なモノは明記されているので 保険証や年金のハガキ…その他なんか必要そうな書類を持って行きます あとは市から葬祭費というお金が支給されるので 火葬式をした時の領収書や自分の銀行口座も調べておきます 役所に行くと保険の喪失届をしたりしますが受付で『私の母が亡くなりました』と言えば 役所の人が勝手に進めてくれるので私は言われた用紙に記入するだけ… 特に面倒くさいわけではない… しかし年金手続きは少し違うんですよね… 役所にも『年金課』があるんですけど『年金事務所』とは役割が違うんですよ… 場合によっては役所の年金課では処理できずに年金事務所に直接行く必要がある… 前回の義母の時は年金事務所に電話を掛けて書類を郵送してもらったので手続き自体は簡単でした でも私の母の場合は少し違ったんですよ 年金というのは偶数月の15日に2か月分を支払われるわけですが 亡くなったタイミングで遺族に未支給金が受け取れたりするんです 義母の場合は15日ぴったんこで亡くなったので 未支給金は関係なかったんです しかし母が亡くなったのは年金受給日前なので手続きが必要になってくる これが中々面倒くさい… 受け取るには私の身分証や銀行の通帳かキャッシュカードも必要ですし なにより『生計同一関係に関する申立書』が面倒くさい… この申立書は私と母の介護関係を書く必要があります 私は別居介護でしたが定期的に連絡や訪問していたり 必要な買い物や食事の差し入れなどの実態があれば生計同一関係として認められます ようは別居でも介護をしていれば認められるわけです  しかし『...

感情をぶちまけて堕ち切ろう…

 こんにちは ロンです! 気持ちが戻ってこない 母の葬儀も終わり… とりあえず日常が帰ってきたはずですが… まだ私の気持ちが全然戻って来ません 大腸がんがリンパに転移していると分かってからは 毎週母を連れてドライブに行っていましたからね 今はもうそのドライブする相手はない… そして老人ホームからの電話も掛かってこない… すべて終わってしまった… やはり心にぽっかり穴が空いてしまったのですよ… まあ新しいルーティンを模索していかなきゃいけないんでしょうね… 泣かせてくれ! 私は自宅売却中… しかし私が専任媒介契約した不動産屋はやる気がまったく見えてこない… まあ私がメールをしても返信をろくすっぽできない不動産屋ですから 社会人としてもおかしいような気がします しかし今はこれで良い気がします 今はもう少し様子見というか平穏に暮らしたい… なによりこれ以上の変化はまだしたくないというのが本音ですね 私もそろそろ母のことで役所で年金やらの手続きをしないといけないですしね もうこれ以上余計なことを考えることはしたくない なので自宅売却も一旦は考えないようにしています まあ今の売値で家が売れてしまえばそれでも良いですし このまま売れなくても良い… そうなるとやる気のない不動産屋でちょうどいいとすら思えてくる… 先日も私は考え込み… 『ちゃんと自分の中で気持ちの整理できていないな…』と思いました やはり人間は気持ちの上で堕ちたりするものです 私の持論ですが その時に中途半端な堕ち方をするからいけない… 堕ちる時はしっかり堕ちることも必要なんですよ 堕ち切ってしまえば後は上がるだけ… 『よし…悲しみの感情をぶちまけて堕ち切ろう…』 泣くことにはデトックス効果があると聞いたこともあるし… 私はリビングに一人になったのを見計らい… 絶対に泣ける曲をチョイスして母を思い出し… 一人でボロボロ泣きました… 『今は堕ちろ!堕ちきってしまえ!』 しかし一曲も終わらない内に嫁が自分の部屋から出て来ました… 嫁:どしたの〜 悲しくなっちゃったの〜?(子供をあやすような言い方…) 私:…うっ うん…(コイツ…なんで来んねん…) 嫁:大丈夫だよ… アナタは良くやった… お母さんも絶対喜んでるよ… 私:うっ… うん… (いや…違うんだよ…これはデトックスでね…) 嫁:アナタが頑張ってきたのは知っ...

間違いだらけの葬儀屋選び…葬儀当日

こんにちは ロンです! たった10か月か… とりあえず葬儀屋との打ち合わせも終わり… その後は老人ホームに母の遺留分を取りに行きました 思えば去年の4月末に特養に入所したんですよね… まだ入所して10か月しか経っていない… その間には義母も亡くなりましたし 母も亡くなった… たった10か月間でしたけど色々ありましたね… 意外とせわしなく落ち着かない日々だったように感じます 最後まで私が送り出す 特養の方には亡くなった次の日の朝に電話をして その日の午後に遺留物を取りに行くと伝えました やはりいきなり行っては迷惑が掛かりますからね そして午後に施設に行ったら すでに母の遺留物は一階玄関ロビーに台車でまとめてありました 母の部屋にあったのは日常の着替えが入っている収納BOX2個とテレビ1台… そして歯ブラシや手鏡といった手提げバッグに入るくらいの日用品しかありません 以前住んでいた団地を引っ越す時にほぼ捨ててしまったので荷物と言えるものは少ない… まあ簡単と言えば簡単だし楽ですけどね… しかし呆気ない… ちゃちゃっと遺留物を車に乗せます… 車に荷物を乗せ終わったあとに施設の担当者と責任者に挨拶をして 退所の手続きも終わってしまったので拍子抜けしたくらいでした これでもう老人ホームから電話は掛かって来ることはない… もう終わったんだ… そして葬儀まで数日間は何も手につかず…家事すらもほぼしませんでした やはりポカンと心に穴が空いたような気がします… そして火葬式当日… この日は息子も帰省して姉夫婦と兄夫婦…そして私の子供を含めた孫たちと その孫の子供までの総勢15名程度集まりました(意外と多い…) 火葬時間がくれば待機時間も10分程度しかないし 本当に火葬式はあっけない… その10分間が最後のお別れになります 私はこの日のために母に写経を書いて来ました 今年に入り…あまり写経を書いていなかったので 中々書き上げるまでが大変でした… やっぱり写経も書いていないと文字を忘れちゃうんですよね… なにしろ一枚を書き上げるのに3時間くらい掛かるので 途中で誤字脱字をしたら水の泡… 流石に母の最後に誤字脱字した写経を持って行くのは気が引ける… 母が亡くなってからなんとか気力を振り絞り… 丁寧に写経を3枚を書き上げて一番出来の良かった一枚を母の棺に入れました ほぼなんにも無し無しの火葬...

間違いだらけの葬儀屋選び…

 こんにちは ロンです! 私のテーマではあった 母は亡くなりました でも意外とやり切った感はありますし あれ以上の対応は難しかったような気もします 後悔はない… しかし小さな悔いはある… しかし悔いというのは後から考えてみて 答えが分かっているからこそ感じるわけです その都度…自分なりの答えを出した結果の悔いであるならば仕方ないことだし 大きな後悔にはならない 母の介護に対しては後悔を残さないというのが私のテーマであったので そういう意味では自分でも良くやったと思いますね… 私がおかしいのでしょうか? 『もしよろしければ葬儀屋さんを紹介しますが…』 母が亡くなってすぐに病院の紹介というか… 病院に出入りしている葬儀屋に面会しました 誰かが病院で亡くなると 葬儀屋に連絡するという直通システムが出来てるんですよ なによりまだ母が亡くなってから1時間くらいですからね… 正直…葬儀屋なんかどうでもいい…(と思ったのはこの時だけだった…) そしてその後は医療スタッフと一緒に 亡くなったばかりの母のカラダを綺麗にしました アタマや腕などにお湯を掛けて シャンプーをしてから髪をドライヤーで乾かしたりして母の身なりを整えます 私も亡くなった母を自分で洗うことができて気持ちの上で区切りがつきました(もちろんギャン泣きしながら洗いました…) 母の病室が個室だったから付いてくるサービスなのか分かりませんが驚きましたね… 今思っても素晴らしいサービスでした そして病院から葬儀屋の車で母は安置所に移動します それを見送ってしまえば もう病院に居る必要はない… 私は病院を後にして家に帰りました… しかし危なかった… 私は母が亡くなった日の夜は 家に一時帰宅しようか迷っていたんですよ 私も自分をリセットする必要を感じていたし… でも母の病状がいつ悪くなるのか想像が付かなかったので 自分の中でもせめぎ合いがあった…  ただ母の病状が良くなることはない気はしていました 母が亡くなる数時間前に主治医から聞いた病状の説明や『本人が飲みたいなら水を飲んでもいい』と言った時の医師の発言が (本人が飲みたいなら飲ませてあげてもいい… もう治る見込みはないだろうし…)というようなニュアンスを感じ取ってしまったんですよね… なにより今回の肺炎が治ったとて 食欲はまったくないし ガンの痛みも出始めていた 私...

しかしつくづく自分勝手な介護だった

 こんにちは ロンです! ここから始まった 私は20年前くらいに今の家を買い 母を呼び寄せて同居をしました しかしそれは一瞬と言っていいほどの短い期間の同居でした 私も実家を出てから結婚して十年くらい経っていましたし そうなるといくら親と言えど生活スタイルが別物になっていました そこからの同居はどうにも折り合いが悪く 数カ月で同居を解消し母はひとり暮らしをしました… そしてそこから私は母と疎遠気味になります… どうにも『母を追い出して…母を見捨ててしまった』というという後ろめたさや自責の念に耐えられなかったのです そしてその後ろめたさは20年間変わりませんでした… なんだかんだ1年に1回くらいは会ってはいたので 人によってはそこまで疎遠ではなかったのかもしれませんけどね ただ『母を見捨ててしまった…』という後悔はいつまでも取り除けなかった… そして今から数年前… 母はひとり暮らしをするのが難しくなった… 私の介護はここから始まったのです 私は汚い男なんですよ… 母の介護を始めた時には私はすでに早期退職を目指していましたから 母の介護とパワハラ受けつつ仕事の両立が非常に高いハードルになっていた 正直…よくもまあここまで悪いことが重なるもんだ…と自分の運命が恨めしく思ったもんです… しかし しばらく経つと私は過去に母にしたことへの清算をするチャンスだと思いました 年老いた母が困っている今こそ私が手助けするのだ! むしろこの大変さこそが私の過去の後悔を洗い流してくれるように感じる そして今度こそ絶対に最後までやり遂げる!と心に誓いました しかしつくづく自分勝手な介護だったと思います… 母の介護をすることで自分も過去を清算して救われようとしていただけですし… 介護をしたところで過去にしたことが帳消しになることはない 本当に私は汚い男なんですよ… ただ最後に介護をしたことで私も救われたのは事実なんです 介護を始めると忙しいのですが しばらくすると私のライフワークのようになってきました 母は高齢だったしもう先は見えているので その時その時の瞬間を頑張れたし 大切に過ごすことも出来た なにより自分に掛かる負担が絶妙だった やはり介護とは距離感… すべて自分でやろうとせずに 頼るところは他者に頼り カネで解決出来ることはカネで解決した方がいい… もちろん誰しも介護が出来るわ...

ああ… 終わってしまった…

 こんにちは ロンです! やはり気持ちだけだったか… 十数滴の水を飲んだ母は気持ち悪くなって横になりました 少し呼吸も荒いようだし… やはり気持ちだけが飲みたいだけでカラダがついて行かないようです… 母は横になりそれ以来『水が飲みたい』とは言いませんでした しばらくして面会時間になり…姉夫婦が面会に来ました 昨日に引き続き 母は姉を認識しているような…していないような感じです やはり長年の間 姉は顔を出さなかったので母の理解が追いつかないみたいですね それでも自分の娘が来たことが母は嬉しいようです 私にとって姉夫婦の面会は地獄のような時間ですけど 母が喜ぶならなによりです ああ…(私は理解した…) しばらくすると母は『暑い…暑い…』と言って汗をかいてきました 熱は出ていないようですけれど 汗で髪の毛が濡れています 少し意識も混濁してきたし 言動もおかしくなってきました 言っていることは 昔の思い出話しのような…夢の中の出来事のような…不思議な感じです (熱の出始めなんだろうか…)と思っていましたが 『少し気持ち悪いしトイレ行きたい』と言い始めたので 医療スタッフを呼びました 医療スタッフが来て『ついでにオムツも着替えさせるので待合室で待っていて下さい 着替え終わったら呼びに行きます』と言われたので姉夫婦と共に 病室から30秒先にある待合室に移動しました ほんの少しの間でも病室を出たことで気が抜けてしまったんでしょう 私は一人椅子に座り… いつの間にか眠りこけていました ずっと寝不足ですし こんな待合室でも病室より静かですからね… なにより病室にいる時は母に気を取られて落ち着ける時間がない… やはり病室が一番寝れない… はっと目が覚め…スマホを見ると30分ほど眠りこけていました… 『あ〜 こんなに寝てたんだ… 意外とぐっすり眠れたな…』なんて思ってましたけど… しかしふと我に返り…『母の着替えにしては長い…長すぎる…』 嫌な予感がしたところでスマホが鳴ります… 私:はい…もしもし スタッフ:〇〇病院の者ですが… お母様が危険な状況ですので 今すぐ血縁関係の人に連絡して下さい  私:ああ~!!!? コイツ電話で何言ってんだ! オレは30秒もすれば病室に行ける距離だぞ! なんでもっと早くオレを病室に呼ばねんだ!!!(今思ってもムカつく電話だった…血縁関係呼べじゃね...

キレた…怒りの頂点

 こんにちは ロンです! 自分で自分が許せない 救急搬送されてパイプ椅子で一夜を過ごし…一般病棟の個室にエアベッドを広げて二日目が過ぎ…そして三日目の夜に突入です… 正直…私も疲れてきた… 病室は常に人が出入りして母に繋がれている機械も鳴り続ける… 全然寝れないし気の休まる時がない… 母も呼吸は苦しそうなではあるけれど 雑談をしたりもできるし 少し安心できる気もしてきます   (私自身もどこかで自分をリセットしないと潰れてしまう…) 着替えを持って来ていないので一度も服を変えていないし… なにより自分で自分の臭いが許せない 50代(無職)のおっさんが三日も風呂にも入らず熟成されてしまうとどうなるかは 皆さんだって分かると思います 決して美味しい生ハムにはならないんですよ(?) 私が動くたびに服の隙間から大型犬のような臭気が溢れ出る… クッ…クサい… クサすぎる… これじゃ消臭スプレー持ったミゲル君だって泣き出しますよ… もはや私は病院に居て良いレベルの人間ではないと思う… グッときた… 母は24時間 酸素マスクと点滴をしています 私も3日目ですが母も同じ3日目… 母も酸素マスクや点滴の針が鬱陶しいし なにより酸素マスクは口の中が乾く… 『水を飲みたい』としきりに訴えます… しかし老人の肺炎患者に水を与えることは病院側は慎重です 中々許可が出ない… そのため水で湿らしたスポンジや氷を口に含ませることしか出来ない… しかしそんなもので喉の乾きは癒えない… 私は水を飲みたい母に『ゴメンね…』と謝ることしかできない… そしてあまりの不快感に酸素マスクや点滴の針を自分で外してしまいます… しかし酸素マスクも点滴も母の生命線… 『お願いだから外さないで…』 私は何度も何度も母に注意しました しかし3日目の夜も1時間も経たずに何度も同じことをするので ついに私もアタマにきた… 『いい加減にしろ!! これとったらダメって言ってんだろ!!!』 私はキレた…  一番苦しいのが母なのは分かっていますが アタマにくるもんは仕方ない…  私だって人間です… 寝てない上に何度も注意しても外されたらアタマにきます そんなこんなで4日目の朝を迎えました… 母の状況は初日に救急搬送された時と比べると普通に会話できますが 数時間置きに苦しそうな時間があるしその繰り返しです (でも日中なら数時間...

私はモヤモヤが残るが…

 こんにちは ロンです! 地獄のような空気感… 救急搬送された当直の担当医が『今夜が山だ』と言うので その日の朝に私の兄姉に電話しました… その後のヤツらの面会時間は 初日は5時間ほどで次の日は2時間… まあ時間の長さはどうでもいいですが どちらの日も地獄のような空気感で一番キツい時間帯です 2日目はこの空気感にたまらず自分の夕飯を買いに売店に行きました どこかのタイミングで私も夕飯を買いに行かないといけないですしね ちなみに私は一日一食で夕飯を一回だけ食べるだけなので 今のところコンビニおにぎりとパンしか食べてません まあいつも自炊なので新鮮な感覚ではありますね まあいい…問題の本質はそこではない… 実際に今まであいつらが母に会っていたのかは全然知りませんが 介護する前には兄は私より母に会っていたと思います しかし介護が必要になってからは母の所に行くのはピタリと止まってしまったと思う… 姉は『運転免許がない』のを理由に全然会いに来ませんし 『運転免許がない』から介護も出来ないそうです… まあやらない理由なんかはいくらでも付けられますし そんな言い訳どうでもいいですけどね… なにより母は認知症… 昔のことは覚えているけど10年くらいのことはもうあんまり覚えてないし 10分前ことはもっと分からないです なので母は面会に来た兄の顔は分かりましたが もう何年も顔を出さないで 今は老人になってしまった姉の名前と顔が一致しない… 母にしてみれば姉の名を語る初老の女に見えるのでしょう… 『え〜と…アナタは誰だっけ?』と母は言って 姉は『え〜私だよ〜分かんない?』と取り繕っていたのは心の中で笑いました  悲劇的な状況は喜劇的ですが自業自得だっての! しかも帰り際は絶対に『だんだん顔色も良くなってきたしね〜』とか『昨日より呼吸が良くなっているね〜』というようなことをアピールして自分たちが帰る雰囲気を作るんですよ ただ帰りたいだけの発言なのでムカつきます(だいぶ私も心が狭くなっている…) まあ『昨日より顔色が悪くなってきたね〜』とか『昨日より呼吸が悪くなっているね〜』とか言って 帰路につくのも出来ないのは分かりますけど… しかし挙げ句に『面会時間は1時間という決まりなのに2時間もいるからもうヤバいよ〜』って言ってやがんですよ さも『面会時間1時間というルールを破り2時間も母親...

最低限の仁義ですかね…

 こんにちは ロンです! ハラが痛い…ストレスだな…こりゃ 救急搬送された日の朝… 私はパイプ椅子を二個くっつけて 体を丸めた状態で仮眠を取りましたが 猛烈な腹痛で目が覚めました たぶんストレスからくる神経性の腹痛です もう座っているのもキツい… 一度家に帰って態勢を立て直したいと思っていましたけど これじゃ車の運転すら出来ないかも…? 会社に行く前に嫁ちゃんが病院に来るというので やっぱり会社を休んでもらい 薬も一緒に持って来てもらいました やはり昨日から続く慣れない環境やパイプ椅子での仮眠のダメージがデカいし 挙げ句に『今夜が峠だ』と医師に言われてしまった 母の最後になるなら私の兄姉に電話をしようか…止めようか…の葛藤からくるストレスもある… やっぱり連絡したくない… 結局電話した 救急搬送された次の日の母は だいぶ意識が戻って来て会話は普通にできるようになりました 救急搬送される前は七転八倒して意思の疎通は難しかったですからね… 朝に目が覚めて私を見るなり…『なんで居るの?』とはっきりした口調で言った時は嬉しかった… こんなドラマみたいなシーンあるんですね… でもまだ呼吸は荒いし いつ体調が急変するかは分からない… 担当医に聞いたって分からないんですから私に分かるはずがない もうこれで最後のような気がするし 大丈夫なような気もする… 正直あまり実感が湧かない… しかしいよいよの時が来てからは遅いですからね… やっぱりあいつら(兄姉)に連絡した方が良いのだろうか…? 私の判断で情報を出し入れするのもなんですし… 最低限の仁義ですからね… (仕方ない…電話するか…) 朝の9時頃に姉に電話をして2時間後くらいにヤツらは病院に来ました… 最後に会ったのは兄は1年くらい… 姉は…思い出せない… たぶん5〜6年かな…? 久しぶりの面会でしたが…私はまったく嬉しくもない… むしろ無の感情… ただ同じ母から産まれただけの関係性で電話しただけで本当は電話したくなかった… もう馴れ合う気はない… もともと数年前に兄⇒姉⇒私という連絡網で『母がボケてきてヤバい』という情報が回ってきた… そこから私はデイケアなどに電話をして母の介護が始まったんです… そして今の今まで私は奴らに頼らずデイケアから小規模多機能…そして老健から特養まで一人でやってきた 毎週のように通院して 用があ...

家族にとってどこまでが延命治療なのか?

 こんにちは ロンです! 私は寝てないんだ! 母が救急搬送されて我々は待合室で診察待ちの状況です 時間はすでに深夜3時を過ぎている… 今日の昼間のドライブから母は熱を出して そこから老人ホームに5時間くらい居て 私は20時頃に帰宅しました  そして母は夜23時過ぎにまた高熱を出して私は施設まで行き救急搬送されたので全然気の休まる時がなかった… 私もあまり体力が戻っていないし 眠気と疲れでフラフラする… なにより施設でも病院でも長時間やっすい椅子に座っているからカラダじゅう痛い… 嫁ちゃんのスマホ充電の間違いでイライラするのも仕方ないのです… 数十年前に会社の不祥事で昼夜対応に追われている経営者みたいに『私は寝てないんだ!』と大声でぎゃーぎゃー叫びたい… (当時…テレビで大バッシング受けてた) 『眠いしキツい!! カラダじゅう痛いんじゃい!!!』 本当はこう言いたいし 責任のない無職だから私語を言っても良いのですが いい大人はあまり私語を言わない方が良いですからね… ここはやっぱり我慢です(無職と言えど分別はある…) 結局はどっち? 名前が呼ばれ診察室に案内され担当医の説明を受けました CTなどの検査の結果は肺炎でした… もちろん大腸がんや食欲減退などの影響があったと思いますけど まさかの肺炎… これなら熱が出てすぐに病院に行けばよかった… やはり『過度な延命治療をしない』のと『まったく治療を受けない』というのは違う どこまでが『延命治療』でどこまでが『延命治療ではない』のか? それを選択する家族には難しい問題だし たぶん明確な線引は出来ないでしょうね 老人ホーム側の対応も一定の理解はできますが やはり『まったく治療をしない』ような対応に見える 言い方は悪いけど 老人ホーム側からすれば私の母は多数いる内の一人の老人である…  すべての決断は一番近くにいる私が全部するわけだし 彼らに最終判断を仰ぐべきではなかった… まあ彼らが救急搬送した私をどう思うか分かりませんが なんの治療もせず痛みと高熱に七転八倒する母をそのままにすることは出来なかった… そして『とっとと病院連れて行けばよかった…』と後悔まで感じる… 当直の担当医の話しだと今夜が峠…『今夜が山だ』と言われました(こんな時でもガキ使思い出す…) このままお見送りする可能性も言われました 今の母の状況は私もそ...

ある種の失望感…

 こんにちは ロンです! 買ってよかった 今日は一日長かった… ちょうど『さあ…もう寝よう…』というタイミングです 夜12時頃に『高熱が出ています…』と老人ホームから電話がありました すぐに嫁と2人で施設に行きました こういう時に一緒にきてくれる嫁ちゃんがありがたい… とりあえず病院に泊まりになると思ったので エアベッドと毛布とマクラを車に積み込みました 2年前の年末年始に母の自宅に泊まった時に買ったエアベッド… いつかはこういう使い方をするだろうと思っていましたから買ってよかった あとはスマホのバッテリーも8%くらいしか無かったので充電器一式も入れました… もう現役じゃないから急速充電対応のモバイルバッテリー持って無いんですよね… まあ老人ホームのコンセントで少しでも充電しておこう でも我ながら先々を予想した行動を取れたと思いますね(オレ偉い!) 私は我慢した… 一通りの準備をしてすぐに家を出ましたが『私が運転しようか?』と嫁が気遣ってくれます… でも気持ちだけで大丈夫! 自分でも思った以上に私は冷静だからさ… でも母を救急搬送をするか?しないか?をこの時間に決断しないといけません 本当に相談できる相手がいるのが助かる… 施設に着いて母の部屋に行きましたが 母は相当苦しそうで七転八倒していました… 今までも救急搬送は数回してきましたが あきらかに今までの救急搬送された状況とは異なる… 私は自分の判断ミスが恨めしい… これならもっと早く救急搬送してりゃよかったと思います 苦しむ母に『ゴメンね…』と繰り返し謝りました… 私は施設に入ってすぐ嫁ちゃんに『オレのスマホを充電しといて』と頼みました 救急車に乗って病院に行ってしまえば充電するチャンスはあんまり無さそうですからね 今回ばかりは私の姉兄達に掛けたくもない電話をしなきゃいけないかもしれないわけだし… バッテリー残量を少しでも稼いでおきたいですしね… 老人ホームの夜間担当者の職員さんから『救急搬送はどうしますか?』と言われましたが 私はもう迷うことなく『救急搬送お願いします』と伝えました… こんなに苦しそうな母をこのままにしておけない… すがれるものならワラでも掴みたい! 程なくして救急隊員の人が到着しました 苦しむ母を救急車のベットに移し替えてもらいながら 私は母の詳細を隊員に伝えます… そして充電している...

正解は無い…しかし自分の中の正解はある

 こんにちは ロンです! 悲しいけれど… 最近の母は体調がすぐれない… もはや食欲はないし水分しか取れない そして大腸がんが肥大化してリンパに転移して痛みも出てきている 満身創痍…とは思うんですが 母は穏やかです そんな母を見ると辛いですが少し不思議な気分になります… 痛い素振りも見せますけど まだまだ肌艶の血色も良い…  もちろんいつまでもこのままではないと分かっています… 母の状況はまるで花瓶に挿した花を見ているような気分になります 悲しいけれど いつかは枯れてしまうのでしょうね… 完全に見誤った! 先日…老人ホームから(また)連絡がありました 母が高熱を出している…という連絡で 『今は寝ているので大丈夫です…』という報告でしたけど 夜中の電話だったし…容体の悪化を考えるとその日の夜は電話が鳴りはしないかドキドキしました 次の日の朝に老人ホームに確認の電話をしたら今は平熱になっていると言うので一安心です これなら明日くらいならドライブ行けるかな? 最近は母との週一ドライブが恒例です 次の日に面会に行くと…『まだ微熱気味だけれどもドライブに連れて行っても良いですよ』と言われました 少々の微熱気味でも母の気分転換や思い出作りの方が大切だという施設の人の判断もあったように思います 間違いなく言えるのは 母の体調が完全に戻ることは無いということ… その日は微熱気味という割には自分で歩行器を使い歩いていました 『おっ 意外と元気じゃん!』 今日は気温も高いし良い天気… 良いドライブになりそう 最近はいつも通っている海沿いの道を行きます… 道中は楽しくおしゃべりしていましたけど 段々と母に問いかけると言葉が返ってくるレスポンスが悪くなってきました (まあ微熱気味だから眠いのだろう…)そう思っていましたが 帰り道の数十分前には体調が悪そうです 喋りかけても生返事になってきた… (マズい!完全に見誤った! 熱が出てるんだ!) 施設に着いた時にはもう母は歩けなくなってしまった… そこから母を力ずくで車から降ろして母の部屋まで連れて行って寝かしつけました… 最初は熱で苦しそうな母も しばらくしてからはスヤスヤ寝ていたので この日は様子見のつもりで自宅に帰宅していまいましたが 深夜に施設の夜間担当者からの電話が掛かって来ました 『また高熱が出ていますし本人は苦しそうです 救急...

これからのことやタイミングの悪さ

 こんにちは ロンです! 文字を書くという効果 最近は自宅売却などで心落ち着かない日々だったのに 母も体調が芳しくない状況になってきたので もう自分でも訳分かんないです… しかも『ホスピスの移転も視野に…』と医師に言われてしまったし… こうなると自宅売却どころじゃないし あまり物事を集中して考えることも難しい…  どうしてこうも問題が重なってしまうんだろうか? でもこういう時にブログは良いですね こうやって文字を書いていると自分でも客観的に物事を見ることができるし 書き起こすことである種の精神安定剤のような効果があるんですよ 早期退職前も日記で文字を書いて助けられたもんです 落ち着かない時こそ『文字を書く効果』がありますよ 人生の節目に問題が起きる… しかし思い返せば私が早期退職する直前にも 母の体調が悪くなり町医者では対応ができなくなって 大学病院に毎週のように行かなくてはいけない状況だったんですよ 当時は早期退職に向けて有給消化も逆算していたので 平日しかやっていない大学病院の通院が非常に私を苦しめた… すでに数ヶ月前に自分の中で退職の日を定めてしまったし これ以上退職日をずらすのは精神的に無理だった… だって退職する日だけが私の救いだったんですよ あの時は嫁になんとか頼み込んで母を平日の大学病院に連れていってもらったんです… そして私は当初の予定通りの日程で退職することができた 今思ってもずっと嫁には助けられっぱなしです… もうアタマ上がんない…(と言うわりにはよくケンカしますけどね…) 今回も自宅売却という人生の大きな変化をしようとしている最中で まさに引っ越し準備をしている真っ最中… なんだか私の人生の節目になると母に問題が起こる気がする… まあたまたまでしょうけど タイミングが悪いですね 母は大腸がんで 今は少し痛みが出ている状態です 大腸がんが分かった時にはすでに手術やがん治療を受けられる体力はありませんでしたから このまま経過観察をするしか方法がなかったのです そして先日…大きな病院でCTを撮ったらすでにがんは肥大化してリンパにも転移していると言われました こうなるとあとは痛みを取るだけの緩和ケアしかありません 病院で処方される飲み薬で痛みが収まれば一番良いのでしょうけど がんの痛みに耐えられない程になってしまうと やはりホスピスにお世話にな...

まさかあのシーンになるとは思わなかった…

 こんにちは ロンです! そうに決まっている 先日…老人ホームから電話が掛かって来ました 何度も書いていますけど 老人ホームから掛かって来る電話は十中八九…悪い連絡です それが分かっているので老人ホームからの電話は取りたくないですが そういうわけにいきませんからね… でも電話を取らなくても大体は言いたいことが分かる… どうせ母の体調が悪いって言うんでしょ? そうに決まっている… ある意味…絶対に期待を裏切らないだろうな… うわっ…参ったな… 嫌な予感しかありませんけど 電話に出ない訳にもいかないし…  仕方ないから出ましたが やはり予感は的中です 予感が的中してもこれほど嬉しくないことは無い… 母が昨日からお腹が痛いみたいで 老人ホームのかかりつけ医では対応に限界があるみたいです  なので半年ほど前に母がお腹が痛くて入院していた大きい病院に次の日に連れて行くように言われました つまりは前回の入院と同じ病状か…それ以上の症状ということですね… そして『痛み止めを処方してもらいたいのと これからの治療法をどうするかも合わせて病院と打ち合わせしてほしい…』  そう言われたのでさらに嫌な予感がします… その日はすぐに母の様子を見に老人ホームに行きましたけど とりあえず症状が落ち着いているのか…まったく痛い素振りはありません あいかわらず痩せ細ってはいますが 本人に痛みがないのでその日は一安心です そんな母を見て…(思ったより大丈夫そう…)なんて思っていました… 次の日の朝早くに母を老人ホームに迎えに行き 紹介状を貰ってから大きい病院に連れて行きました 昨日とは違い 今日の母は腰回りを痛がっているし機嫌も少し悪い…   前回ここの病院に入院した時もお腹を痛がっていてこの時にすでに大腸がんを疑われていたんですが 年齢も年齢なので大腸ステントという器具を入れただけで 大腸がんの根本的な治療はしませんでした もはや母にはがん治療に耐えられる体力がないのでどうしようもないのです… そして今また大腸がんの影響が出ているんです… 今日CTを撮ったらやはり相当がんが肥大化しているし リンパにも転移しているらしい… 母の食欲がないのもコイツのせいみたいだし… そのためにもう少し強い痛み止めを処方する必要がある… 私は過度な延命治療を望んでいないし 寿命が尽きるその時まで健やかに生きて...

枯れていく花を見ているようで辛い…

 こんにちは ロンです! もう少し増やそう… 最近は無職の割に忙しくしています そのほとんどが自宅売却するためですけどね… ですが最近めっきり食欲が無くなってしまった母のことも気になります 今までもなるべく週に1回は面会には行くようにはしようと思ってはいましたが これからはもう少し頻度と面会時間を増やそうと思っています あまり自分のことばかりしていて この先に母の身に何かあったとしたら後悔が残りますからね これからはさらに後悔のないように接していかないといけません… 老人はドライブ好き めっきり食欲が無くなってしまった母のカラダは 今では一回り小さくなりました… 現に体重は一月で5キロ… 2カ月前からだと10キロ以上落ちてしまった カラダはやせ細っているし 背中をマッサージしても皮と骨が浮き立っているのが分かる… 数字の上でも…見た目でも…小さくなってしまった… 唯一救いなのは本人は至って元気で機嫌も良いということです 痛いところもないですし 良く寝れるみたいですしね… 客観的に母を見ても『ヤバい…』という危機的な雰囲気ではないと思う… でもこういう時ってどうするのが良いのかは分かりませんけど なるべく顔を出してあげることくらいしか私には思いつきません… そして今となっては母が一番喜ぶのがドライブです なので先週からですけど週に1回… 3時間程度のドライブをするようにしています 本当なら食事会でもしたいところですけど 食欲のない母を連れて行っても食べないですからね それならばドライブしながら助手席で 甘いドリンクを飲みながらバームクーヘンなどのお菓子を景色を見ながら食べてもらった方がまだ食べてくれるし… 私も早期退職前には週末の夜になると助手席に乗って 嫁の運転する車でドライブに連れて行ってもらったもんです… 私は自分で運転するのも好きですけど 助手席には助手席の楽しみ方がありますからね… イライラした時だったり…休日前の開放感を感じながら助手席に乗って夜景を見て癒されたもんですよ… 早期退職前の娯楽はドライブしか無かったですからね… 確実にドライブというのはストレス解消になります そしてそれは老人も同じ… なにより老人は外に行くことに飢えているんですよ 私の聞いた限りではドライブが嫌いな老人はいないですね… 今回のドライブも前回に行ったルートと同じですが ...

記憶が曖昧で定着しなくなってきている…

 こんにちは ロンです! 私に息子がいたかな…? 正月に帰省しなかった息子が家に来ました しかしたまに会っているので特に感想はありません 男同士ですからね 家に居た時だって会話が多かったわけでもないですし… 私としてみたらすでに息子が家に居た時のことをあまり思い出しもしないし もちろん寂しさもない  むしろ私に息子がいたかな?…というくらいのもんですよ… まあ元気にやっていればそれでいい… 記憶の定着がしない 今回の帰省も嫁が『お正月は帰って来ないの?』という連絡を息子にしたから帰省したみたいですね 私と違いちょくちょく息子と連絡を取り合っていますしね まあ母親はいつになっても息子が可愛いもんですからね  今回の息子の帰省は嬉しいみたいですね しかし私も今回の息子の帰省は良いチャンスだと思っているんですよ 最近は母は食欲がないし体調が微妙なので面会の回数を増やそうと思っていた矢先でしたからね 孫を連れて行けば少しは母も喜ぶでしょう とは言っても母は孫のことも嫁のこともあまり分からなくなってきている… だいぶ記憶が曖昧になっているんですよね 私から言えば少しは思い出しますけど それでも息子の名前は出てこないです…  私が数年前に介護しだしてからは定期的に皆んなで食事会をしていたんですけどね… それすらあまり覚えていないようです この間も母と3時間くらいドライブをしてきたんです ドライブが終わって母の部屋で会話をしていたんですが… 私:どう?疲れたドライブ? 母:ああ~ ドライブ行きたいな〜 私:?? えっ…さっきドライブ行って 今帰ってきたんじゃん 母:?? えっ…そうだっけ…? 私:天気が良くて綺麗な富士山見えたじゃん… 覚えてない? 母:ああ… そうだった… こんな具合に もう直前にしたことも忘れてしまう… これじゃ私の息子のことを忘れてしまうのも仕方ないですよね 今となっては母がパッと見て誰か認識できる人間は私くらいです 流石にこれだけ会っていて私が誰か分からなくなってしまったら かなりキツいですがいずれそういう時も来るかもしれません… あとはたぶん自分の兄弟や子供ならば分かるとは思いますけどね… やっぱり昔のことは覚えているんですよね 自分の子供の頃の話しはよく覚えているし… まあしょうがない… これが老後ってやつですよ… 前回の面会の時に母は昼食をあ...

不毛な面談…

 こんにちは ロンです! 今後の対応ね… 先日 老人ホームから連絡があり 母の体重の減少や食欲がなくなってしまったと言われました そして今後の対応を施設に来ているかかりつけ医と相談したいというので行って来たんです しかし気分が重い… 食欲が無くなって体重の減少をするのは本人が食べたくないから減ってるわけです… 施設の人も色々試した挙句にどうにもならないから私に連絡をしてきているわけですしね… なにより今後の対応って言われても 私は医者じゃないしただの無職ですよ… なんなら今後の私の人生の対応を誰かに相談したいくらいなのにな… ぶっちゃけなにか私にできるだろうか? なんじゃコイツ… 午前中に施設に行って 担当者とかかりつけ医と私で話し合いましたが… 思った以上に期待外れの面談でした とくに目新しい提案もなく 大きな病院で一応検査してもらうか…? それとも現状のまま経過観察をしていくか…?という感じでした 大きな病院で検査して問題があったとしても 今さら手術なんかできる体力だって残ってないですからね なにより『いずれ人は寿命がくる』と言わんばかり… いや…そう言っている ようは(私には治療はなんにもできないから現状を受け入れろ)というわけです そして医者は私に『誰か相談者はいますか?』と聞いてきたので『すべて私が決めています』と答えましたが なんか質問に違和感を感じました (なるほど…この医者は後から私の親族にクレームをつけられるのが嫌なんだな…) 結局はこのままの現状維持で様子見するか? それとも大きな病院で検査してみるか?という選択を私に聞きたいだけだったし もし母が亡くなってしまった時に 医者の治療方法に私以外の親族からクレームが出そうかどうかの確認でした まあ保身ですよ… またこの医者は途中からは私や担当者の問いにすら なんの意見や提案もないどころか相槌すらないんですよ… (何故コイツはなんの反応もしないんだ…) 私から必要な言質を取ったので もう何も言わずなんの反応も興味もない… まるで電池が切れたようでした もう一言も話したくないという感じで 早く面談を打ち切りたいのが見え見えでしたからかなり不愉快でした そりゃアンタからすれば数ある老人の一人かも知れんけど こっちは大事な母ちゃんなんだよ… 私だって寿命というものに抗えるとは思っていないけど あから...

悩みや心配事の波状攻撃

 こんにちは ロンです! やっと日常が戻ってきた 今週からは通常通りに戻っていく人も多いでしょう うちの嫁も娘も今週から仕事に行きました 家にいるのは無職で専業主夫の私だけ… こう言ったらなんですが 『やっと日常が戻ってきてくれてよかった… これで一人でいられる時間が増えるよ…』 やはり皆んなが連休で家にいられるとペースが乱れますしね… 定年後に家に居付いてしまう旦那を迎えた専業主婦の気持ちが少し分かってしまうような気がしますね… 集中したかったのに… しかし今週は私も忙しい… 週末には不動産屋が来て自宅の査定をしてもらうので 少しは家を小綺麗にしないといけないのです… とはいえ 『どこまで綺麗にすれば良いのか…?』ってことなんですけどね… やっぱり20年住んできたキズや汚れは隠しきらないし… まあ不動産屋の査定でもそんなに汚れやキズは関係ないみたいですしね ようは売り物になる物件かどうかが重要なわけです それでもある程度は見栄えを良くしとかないとね 今は余計なことに意識を向けず 週末の自宅の査定に意識を向けたいのですが 年末にドラム式洗濯機の水漏れが発覚しました でも水漏れが発覚した次の日から旅行だったのでどうすることもできず… なんの対応も打てず 年初に繰り越したままでした いくらお正月といえど 洗濯をしないわけにはいかないですしね  さあ…どうしよう…(やれやれ…) とりあえず水漏れ箇所を自分で調べてみたら洗濯機の扉から水が出てたみたいなんですよ… それが下に伝わって床が濡れていた… まだ買って5年くらいなんですけどね… こんなもんなんですかね…? 確か20〜30万くらいした気がするもんな… しかも乾燥機能は全然使ってないですし… なんのためにドラム式買ったんだ?という気がしますね… とりあえず説明書を見てみたらドア周りのゴミが付着していても水漏れを起こすそうなので ドア周りを綺麗に掃除してみたところ 水漏れする頻度は下がりました しかし完全に大丈夫というわけでもなかったりします… 洗濯をして2回に1回はポタポタ水が垂れてきます… やはり入口のパッキンの消耗がしてるんですかね…? いずれは交換か買い替えか…になるでしょうね… ちなみに扉のパッキン交換の場合は4万円近くするみたいです… かなりお高い… じゃあ買い替えた方が良いって話しにもなって来そうです...