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2月, 2026の投稿を表示しています

50代はあっという間に錆びつく

 こんにちは ロンです! 最低限のマナー 私は50代無職の専業主夫だし さらに引きこもり気味ですから世間的に私という存在はかなりのレベルに分類されてしまうでしょう… たぶん私の気のせいではないように思います なので昼間っから近所をふらついたりしませんし なるべく人目に付かないように気を付けています… 心情的には道端に転がっている石の裏にいるダンゴムシみたいなもんでしょうか…? 近所迷惑にならないよう 私にできる最低限のマナーです しかしそんな私も健康でいる権利がありますからね… 家の内でできる運動が私の生命線になっているわけです 私は下半身が重要だと思う 早期退職してからの不安要素は お金はもちろんですが運動不足も心配でした なので今まで筋トレをしなかった期間はありません むしろ筋トレの頻度を上げたくらいです なんせ一週間で外出するのは多くて2日程度ですからね 筋トレ時間は20分程度ですし その内の15分くらいはバランスボールの上で正座のような膝立ちしているだけなので 私の場合は毎日やった方がかえって調子が良いんです もちろん上半身も筋トレしますが ワタシ的に重要なのは下半身ですね 下半身こそ生命線だと思っている… 母の病室に寝泊まりしていた時や亡くなってしまってからは 筋トレどころか家事でさえまともにしなかったので完全にカラダが鈍ってしまいました やはりなにもしなければ人間のカラダはあっという間に筋力が落ちますし その衰えるスピードは年々早くなっている 母が亡くなる前は毎日筋トレしていたのに 1週間くらい止めてしまうと筋トレ後は腕は震え…足はガクガクしてしまって自分でも驚きました そこから普段の筋トレメニューを普通にこなすのに3日かかりました 衰えるのも早いですが普通に戻るのも意外と早いです… 先日亡くなった母も軽い認知症はありましたが 亡くなる4日前まで歩行器を使って歩いていたんですよ あれだけカラダが悪かったのに 最後の最後まで歩けていたのはホントに良かったですが 状況が悪ければ寝たきりの可能性もあったんですよ 私が介護をする1年前にはシャキシャキ歩いていたんです しかし私が介護をする時にはすでに杖をつかないと歩けない状態になっていた 老人は一気に歩けなくなるんですよね  そして認知症の症状も出てきてしまった そこからはなんとか寝たきりにならないように...

我々も新フェーズに突入だな

 こんにちは ロンです! もう後ろは振り向かない 先日で母の役所での手続きなども終わり…だいぶ日常が帰ってきました 今となれば娘も出て行き夫婦2人で暮らしているので精神的にも物理的にも負担は軽くなった 流石にまだ思い出すと暗い気持ちになりますけどね… しかしもう後ろ向きな行動はしない やっぱり人間は前を向いている時が一番精神的に安定しているもんですよ 一番無駄なのは食ロス 娘も出て行ったので 今では食料品やご飯の作る量を変えてみたり 洗濯も毎日しない時もあったりと 少し調節しながら暮らしています そして老人ホームからも二度と連絡はないでしょうから 精神的な不安も無くなっている 少し寂しいですが やはり負担が減ったんですよね… しかしいずれはこの状態になるのは分かっていたんですけどね そうなるといよいよ我々夫婦の老後的なものが見えてくる…というか今の状態はまさしく夫婦二人暮らしですからね… 前哨戦と言っていい… でも年金をもらって初めて老後という気もしますけどね… いくらなんでも50代で老後じゃ早いです なによりまだ自宅売却もしてないですし… でもあのやる気のない不動産屋では売れないでしょうね… 自宅売却が終わるまでは我々夫婦の資産形成の終わりもないのです… しかし資産形成の終わりを待っていても その分我々も年齢を重ねるわけです 老後も大切だけれども やっぱり今だって大切にしないといけないわけですしね 老後不安ばかりではなく 今も楽しまなきゃ意味がない そんなわけで夫婦二人になったことだし 少し生活を変えて行こうかな…と思っているんですよね… とは言っても頻繁に外食をしたりとか 生活レベルを極端に上げるというわけではないんですよ ある程度は嫁ちゃんが好きなモノを食べさせてあげたいですけどね なんせ彼女は一日三食を美味しく食べるために生きていますからね なにより毎日同じ食べ物を食べ続けられないタイプですし… 2食同じ食べ物が続くだけで心なしか悪魔のように邪悪な顔になる気がします… 節約系の人間は食にこだわりがない方が貯蓄には有利とされていますね… 私と違い彼女はリタイア向きの人間ではないんですよ… 私はしばらく同じ食べ物が続いても大丈夫なタイプです むしろ先月まではお好み焼きにハマっていて3か月位は定期的に自分用に焼いて食べていました 『え〜 またお好み焼き作っ...

早期退職後の成功の分岐点とは…

 こんにちは ロンです! 日常に戻りたい 2月の初旬から始まった負の連鎖はやっと収束してきた気がします まあ気のせいじゃなければ良いんですけどね… 2月は私の生活も荒れに荒れ…というほどではないですが だいぶ家事もおろそかになってしまいました 唯一の趣味である写経もしなくなってしまったし… やはり心の乱れは生活に直結します 心が乱れていると なんにも手につかないですしね 早く日常に戻りたいもんです… 何もしないという『特別』 私の戻りたい日常というとやはり何もない平日なんですよね 仕事をしていた時の平日は苦しかったけど 今となっては平日が一番心地良い… 朝起きてお弁当を作り…ペットの餌やりや掃除をする そして仕事に行く嫁を見送り… そのあとは自由時間スタート ブログを書いたり筋トレしたり…グタグタな自由時間を過ごしてから夕方になったらメシを作る… 基本的にこんなルーティンですが全然飽きない… 規則正しくもユルい生活が心地良い むしろ嫁が休んでいる休日が一番ルーティンが乱れるので休日が一番いらない…  休日は自分がだらけすぎてしまうんですよ… 日中は適度にやることがあるし 一人で過ごす平日こそが平穏です 私も早期退職する前には 退職後には膨大な時間がありすぎて 何かをしないといけないような雰囲気を感じていました  趣味を見つけなきゃいけないだとか 新しい生活には新しい何かを創造しないといけないように感じていた…  しかしいざ自分が専業主夫という立ち場になってみると 特別なことをする必要があるのかな…と思いますね なにより産まれてきて初めて自分が自由になった気がします 物心付いてからは常にどこかのコミュニティに属していて 常に行動時間が決められている コミュニティに属していれば大きな理不尽や責任だってついてくるし 自分を大きく見せるために見栄を張る場合だってある そして他者に対しての無意味なマウントだって取りかねないし… そんなことばかり気にしていては およそ心の平穏とはほど遠い… まあ人の感じ方はそれぞれですけど 私の場合はそこに『幸せ』は落ちていなかったですね 常にイライラしていた気がします… そもそも私は人と争うのが好きではない かと言って人に舐められるのも許せない だから必要以上に他人と距離を取りたい… そんな人間の私が社会や会社で幸せになれる訳ないんで...

どんだけ証明すんだろう…

 こんにちは ロンです! もう一回行こう 2月は色々あって疲れました… でも母も娘も一気に居なくなってしまってはしょうがないですよね… 今だに気持ちが落ち着かないでいますが なるべく日常に帰るようにしています 今は目先のことを一つづつ終わらせて行くしかないですしね… とりあえず先日行った役所の手続きを終わらせる必要もあるし 少しくらい忙しい方が良い気もします まあ面倒くさいけど もう一回役所に行ってこよう… これで終わったかな? やっと連休も明けたので役所で手続きを再開です 前回きた時には書類が足りなかったので今度こそ終わりにしたいです 今日の手続きは母の年金の未支給金と高額介護合算療養費の手続きが残っています 未支給金を請求したり…還付金の手続きなので 自分から申請しないと返ってこないわけですから手間がかかります お金を得るという行為は簡単ではない…と改めて実感しますね 年金の未支給金の手続きは『第三者による証明』を老人ホームにしてもらわないといけないので いきなり役所に行ってその日だけで手続きを終わらすのはかなり厳しいです まあ私は無職なので必要とあらばいくらでも役所に行けるので『面倒くさい』という気持ちだけがネックですけど 普通に平日に仕事をしていている人は役所に2回行くのはキツいですよね… まあ役所は書類がすべてなので仕方ない部分もありますね 前回の役所の手続き行った帰り道に 第三者による証明をしてもらうために老人ホームに行きました また日を改めて署名捺印をもらいに行くのは面倒くさいですしね 役所の駐車場でアポイントを取って すぐその足で老人ホームに行きました 老人ホームは仕事柄 こういったケースは慣れているので話しの意図はスムーズに伝わりましたし ちょいちょいと署名捺印をもらいました あとは連休明けまでに必要書類に記入して もう一度役所に行くだけです ちなみに年金の未支給金の手続きでは 私名義の通帳かキャッシュカードが必要になりますけど ネット銀行は通帳がないのでキャッシュカードは絶対に必要です やはりお金の出し入れで手数料を取られるのでネット銀行が一番使い勝手が良いですからね 私はこういう時にはネット銀行一択です あとは私と母の住民票さえ揃えば年金の手続きは終わりです やはり役所は書類関係がキモですね 残るは高額介護合算療養費の手続きですが 意外...

成功例だけが不安を無くす

 こんにちは ロンです! 簡単にお金は手に入らない 遺族が年金の未支給金を受け取るのも場合によっては難しいのを 先日役所に行って始めて知りました もう少し未支給金の手続きのハードルが下がっても良い気もします まあ役所も税金などを取り立てるのは一生懸命やっていますしね 我々も役所からお金を得る場合は 一生懸命やらないとお金は入ってこない仕組みなんでしょう やっぱりお金は簡単には手に入らないのですよ 失敗例ばかりじゃね… 私は最近また年金に関するものをよく見ています 私は定期的に自分の生活を見直していますし もはやライフワークです しかし調べてみても『老後は年金だけで暮らすのは厳しい…』というケースばかりです 絶対に年金生活の成功例ってあるはずなんですけどね まず年金生活での成功例は出てこない… そもそも『年金だけで暮らすのは厳しい』と言っている人は国民年金しかもらっていないんですよね… 普通に考えて国民年金だけで暮らしていけないです しかも国民年金で賃貸であればなおさら生活が厳しくなるのは当然です 年金が6万円で賃貸アパート代に5万円も払っていれば生活して行くのは無理 せめて持ち家住宅ローン完済済みならばギリギリ生活はできなくもないですが… しかも現役時代が終わった後の状況から生活を一変させるのはかなり厳しいでしょうしね… 若さや行動力 お金もないと状況打破をするにも無理がある しかしこんな老後のケースばかりじゃ老後不安を煽るだけ… 情報を出している人は啓蒙のつもりかもしれませんけど これじゃ老後不安を植え付けているように感じます もうちょっと老後に希望が持てる世界線があっても良い なにより失敗例ばかりじゃなくて年金での成功例の実例こそ必要なんじゃないのかな…?と思いますけどね でも あまりにも自分の生活と乖離した成功例では意味がないし 反対に心が削られる可能性もあります… しかし意外と何も対策を打たずに70代くらいになって『若い頃ちゃんと老後を考えていれば良かった』という後悔を口にする人は多い… 『もう少し老後を早く考えていれば…』と高齢者が嘆くたびに『人間は当事者になるまで問題を考えないし いつまでも問題を先送りしてしまう生き物なんだ…』と実感します 実は最優先すべきは自分の人生なんですけどね どうしても目先の生活や会社と仕事を優先して 自分のことは先送り...

第三者による証明が必要だ…

 こんにちは ロンです! しょうがない…行ってこよう 母が亡くなってから娘も出て行き…なにもやる気がでませんでしたが いつまでもそうは言ってはいられません… 亡くなって2週間以内には役所で手続きをしないといけないし… しょうがない…役所に行こう… 義母が亡くなった時も私が代理人で申請してきたので手順はそれほど変わらないだろうし… しかしやはり自分の実母の場合はフットワークが悪いです 実母を失った…あの時の嫁ちゃんの心境が分かりますね… 場合によってはハードルが高い 役所の手続きも義母が亡くなった時と似たようなもんだろう…  あの時も半日くらいで終わったので そこまで面倒くさくなかった印象です 市から発行している『お悔やみブック』に手続きに必要なモノは明記されているので 保険証や年金のハガキ…その他なんか必要そうな書類を持って行きます あとは市から葬祭費というお金が支給されるので 火葬式をした時の領収書や自分の銀行口座も調べておきます 役所に行くと保険の喪失届をしたりしますが受付で『私の母が亡くなりました』と言えば 役所の人が勝手に進めてくれるので私は言われた用紙に記入するだけ… 特に面倒くさいわけではない… しかし年金手続きは少し違うんですよね… 役所にも『年金課』があるんですけど『年金事務所』とは役割が違うんですよ… 場合によっては役所の年金課では処理できずに年金事務所に直接行く必要がある… 前回の義母の時は年金事務所に電話を掛けて書類を郵送してもらったので手続き自体は簡単でした でも私の母の場合は少し違ったんですよ 年金というのは偶数月の15日に2か月分を支払われるわけですが 亡くなったタイミングで遺族に未支給金が受け取れたりするんです 義母の場合は15日ぴったんこで亡くなったので 未支給金は関係なかったんです しかし母が亡くなったのは年金受給日前なので手続きが必要になってくる これが中々面倒くさい… 受け取るには私の身分証や銀行の通帳かキャッシュカードも必要ですし なにより『生計同一関係に関する申立書』が面倒くさい… この申立書は私と母の介護関係を書く必要があります 私は別居介護でしたが定期的に連絡や訪問していたり 必要な買い物や食事の差し入れなどの実態があれば生計同一関係として認められます ようは別居でも介護をしていれば認められるわけです  しかし『...

でも もしかしてこれって…

こんにちは ロンです! こんなに短期間で変わらなくても… 母が亡くなって そして今は娘も家を出て行った… しかしこんなことってあるんですね… 2月に入ってからガラリと状況が変わってしまった… ここまで変わってしまうのはまったく想像がつきませんでした こんなに密度を濃くしないで もう少し薄めてゆっくり状況変化してくれればよかったのに… まあこういう状況変化は自分ではコントロール出来ないことだからしょうがない… 人生ってドラマチックなもんですよ… なんて言う余裕はないんですけどね しかし状況整理してみると… そんなわけで今は嫁ちゃんと二人暮らし… しかしすごく違和感がある… なんせ今は4LDKに2人だけだし 我々夫婦は寝る部屋も別々なので夜は一階と二階に一人ずついるだけ… 住み慣れた家がずいぶんと広く感じるし よそよそしく感じる… 今は息子と娘の部屋の前を通り過ぎるのもためらわれます… やっぱりこの家の役目が終わってしまったような気がしますね… なにより家にある家電や食器棚などすべてが大きく感じる… まあ今まで家族4人住んでいたのが50代の夫婦だけになってしまえばすべてが大きすぎるし多すぎる… なによりメシの量がめちゃめちゃ減った… 私は一日一食… 嫁は一日三食を取りますけどしょせん50代の食事ですから量はそれほど多くはありません もう食材を使い切るのが大変になってきました 冷凍できるものはまだ良いのですが すぐに傷んでしまう野菜系はこのままでは消費しきれない… なにより前の日の晩飯も余るようになってきたし… 少し割高の少量に小分けしている野菜が売っている意味が初めて分かりました なにしろ嫁ちゃんも今の状況を見て『もっとモノを減らしても良いね…』なんて言い始めました 私はモノをそこまで所有するタイプではないですが 嫁ちゃんはモノを捨てられないタイプ… 私が『捨てろ〜』と言っても捨てられないのに自分から言い始めたので その心境の変化に驚きます 子供達が一人もいないことが思った以上に大きいと実感しています 我々も変わらなきゃいけないんですね… でもあまりの状況変化に心が付いてこない… しかし状況整理してみると… 母は亡くなり娘も家を出た… 母の介護もないし…老人ホームから電話も掛かってくることもない… 娘の服も洗濯しなくて良いし 弁当もメシも作る必要はない… (あれっ? こ...

『なにそれ…最低…』と言われました…

 こんにちは ロンです! 茫然自失… 娘は家を出て行った… 今は母を失くし…なんの変化もいらないっていうのに… 私にとってはいきなり居なくなったのでロスを通り越して茫然自失… 嫁ちゃんに聞いても『別に生きていてくれればなんでも良いよ〜』と全然私の言ってほしい言葉を言ってくれない… あまりにも楽観的すぎる… むしろ(この人何言ってんだ…)としか思えない… そして嫁ちゃんは普通に過ごし 普通に仕事に行っている… 今の私は『娘ロス』でソファにうずくまり…足の裏のゴッツい角質を取り除くキモい動画を見続けて現実から目を背けることしかできない… ちなみに私が早期退職する前にもこういったキモい動画を見て現実逃避していたもんです 自分の辛い時は現実を見ない!そして辛い状況を忘れるほどのキモいショッキングな動画を見る! 意外とこれが良いんですよ… ウフフ…(変態か…) 無職の悪いところ 娘が出て行った次の日は… 『ああ… 自分を育ててくれた母が亡くなって…自分が育ててきた娘が家を出て行った…』 『自分を産んでくれた母…自分たちが産んだ娘…大事な人を同時に失ってしまった…』 なんて感傷に浸っていたもんです… またこういう時にこういった言い回し方をしない方が良いっていうのに どうしても自分の心境に合った言葉を選び アタマの中で言葉を組み合わせてしまう… 自分の中の心境は自分が一番分かっていますからね… 自分で作ったポエムがドストライクで胸にぶっ刺さります… まあ人間悲しむ時は悲しんだ方が良いですが あまり考えすぎても辛いですからね… なによりこれじゃ苦しすぎるよ… もうオレ…日常に戻ろう… でもね…こういう時ってこの無職という属性が悪い方向に出るんですよ… 嫁ちゃんは悲しくとも辛くとも仕事がある 社会人になると仕事はいつまでも待っていてはくれない… 明日になれば仕事に行かなきゃいけないんですよ しかし私は無職…そして専業主夫なんかはいくらでも拒否することができる… これが良くない… こうなると嫁ちゃんが羨ましい… 私が無くて嫁ちゃんが有るもの… それは強制リセットボタンの有無なんですよ 彼女は時間が来れば必ずするべきことがある… 私も時間が来ればするべきことはありますが拒否権がある… こんな時に選択の自由があると反対にキツい… 人間はいつまでも自分に言い訳をして自分を甘やかします...

ハア… これ以上は勘弁してくれよ…

こんにちは ロンです! 今はなんの変化も求めていない… 母が亡くなり…私の生活の状況は一変しました… しばらくはなんの変化も求めていないし 少しは気持ちを落ち着かせる時間をくれ… 葬儀も終わり…そう思っていた矢先… さらに状況は変わってしまったんですよ… まあ母が入院していた時から同時進行していた問題だったんですけどね なので私は気持ちの整理が全然つかない… 今までも気持ちの整理がついていないのに さらに被せて来られた… しかし負の連鎖が止まんねぇな…  もうこれ以上は勘弁してくれよ… 今までのどんな時よりも気持ちが堕ちている… まだまだ堕ちきっていなかったんだな… もうちょっとタイミング選んでくれよ… 娘もひとり暮らしを前提に動いていましたが 最近は少し体調を落としてしまい ひとり暮らしも一旦棚上げしていました しかし今回の体調を崩していた療養中に 本人も思うところがあったのでしょう… 友達の家で居候というか… 今風に言うとルームシェアって言うんですかね…? 母の葬儀の次の日に娘が家を出て行ってしまった… 私はひとり暮らしは一旦棚上げだと思っていたんですけどね…  どうやら棚上げしてたのは私だけだったようです まあ本人の意思で出て行ったわけですし それ以上私がとやかく言うことでもないんですけどね しかし私になんの相談もナシに出て行ったので面食らった感じです…(ちなみに彼氏と同棲という訳ではない) 母親である嫁ちゃんとは連絡を取り合っていますが 元々私とはそんなに連絡を取り合うことはしていないというのもありますけどね それにしても相談ナシとは… まあ父親なんてこんなもんですよ…ハハハ…(自嘲的…) 私は母を失い…そして今また娘も家を去った… なにもこんな同時期に被せてくることないだろう…と思いますよ… もうちょっとタイミングを選んでくれよ… 娘が出て行った次の日は流石になにもできなかった… そして今もロスの真っ最中… 結構メンタル削られています… 私は息子が家を出て行った時もロスになってしまったくらいですし…  あの時だって『うわ~意外〜! ロスになってんだ〜』 そう嫁に言われてムカついたもんです… しかも今回は『私には』なんの相談もなく家を出て行ったので衝撃がデカすぎる…  しかし不思議と涙は出てこないんですよね… 息子の時は思い出すと結構涙が出たんですけどね… ...

感情をぶちまけて堕ち切ろう…

 こんにちは ロンです! 気持ちが戻ってこない 母の葬儀も終わり… とりあえず日常が帰ってきたはずですが… まだ私の気持ちが全然戻って来ません 大腸がんがリンパに転移していると分かってからは 毎週母を連れてドライブに行っていましたからね 今はもうそのドライブする相手はない… そして老人ホームからの電話も掛かってこない… すべて終わってしまった… やはり心にぽっかり穴が空いてしまったのですよ… まあ新しいルーティンを模索していかなきゃいけないんでしょうね… 泣かせてくれ! 私は自宅売却中… しかし私が専任媒介契約した不動産屋はやる気がまったく見えてこない… まあ私がメールをしても返信をろくすっぽできない不動産屋ですから 社会人としてもおかしいような気がします しかし今はこれで良い気がします 今はもう少し様子見というか平穏に暮らしたい… なによりこれ以上の変化はまだしたくないというのが本音ですね 私もそろそろ母のことで役所で年金やらの手続きをしないといけないですしね もうこれ以上余計なことを考えることはしたくない なので自宅売却も一旦は考えないようにしています まあ今の売値で家が売れてしまえばそれでも良いですし このまま売れなくても良い… そうなるとやる気のない不動産屋でちょうどいいとすら思えてくる… 先日も私は考え込み… 『ちゃんと自分の中で気持ちの整理できていないな…』と思いました やはり人間は気持ちの上で堕ちたりするものです 私の持論ですが その時に中途半端な堕ち方をするからいけない… 堕ちる時はしっかり堕ちることも必要なんですよ 堕ち切ってしまえば後は上がるだけ… 『よし…悲しみの感情をぶちまけて堕ち切ろう…』 泣くことにはデトックス効果があると聞いたこともあるし… 私はリビングに一人になったのを見計らい… 絶対に泣ける曲をチョイスして母を思い出し… 一人でボロボロ泣きました… 『今は堕ちろ!堕ちきってしまえ!』 しかし一曲も終わらない内に嫁が自分の部屋から出て来ました… 嫁:どしたの〜 悲しくなっちゃったの〜?(子供をあやすような言い方…) 私:…うっ うん…(コイツ…なんで来んねん…) 嫁:大丈夫だよ… アナタは良くやった… お母さんも絶対喜んでるよ… 私:うっ… うん… (いや…違うんだよ…これはデトックスでね…) 嫁:アナタが頑張ってきたのは知っ...

間違いだらけの葬儀屋選び…葬儀当日

こんにちは ロンです! たった10か月か… とりあえず葬儀屋との打ち合わせも終わり… その後は老人ホームに母の遺留分を取りに行きました 思えば去年の4月末に特養に入所したんですよね… まだ入所して10か月しか経っていない… その間には義母も亡くなりましたし 母も亡くなった… たった10か月間でしたけど色々ありましたね… 意外とせわしなく落ち着かない日々だったように感じます 最後まで私が送り出す 特養の方には亡くなった次の日の朝に電話をして その日の午後に遺留物を取りに行くと伝えました やはりいきなり行っては迷惑が掛かりますからね そして午後に施設に行ったら すでに母の遺留物は一階玄関ロビーに台車でまとめてありました 母の部屋にあったのは日常の着替えが入っている収納BOX2個とテレビ1台… そして歯ブラシや手鏡といった手提げバッグに入るくらいの日用品しかありません 以前住んでいた団地を引っ越す時にほぼ捨ててしまったので荷物と言えるものは少ない… まあ簡単と言えば簡単だし楽ですけどね… しかし呆気ない… ちゃちゃっと遺留物を車に乗せます… 車に荷物を乗せ終わったあとに施設の担当者と責任者に挨拶をして 退所の手続きも終わってしまったので拍子抜けしたくらいでした これでもう老人ホームから電話は掛かって来ることはない… もう終わったんだ… そして葬儀まで数日間は何も手につかず…家事すらもほぼしませんでした やはりポカンと心に穴が空いたような気がします… そして火葬式当日… この日は息子も帰省して姉夫婦と兄夫婦…そして私の子供を含めた孫たちと その孫の子供までの総勢15名程度集まりました(意外と多い…) 火葬時間がくれば待機時間も10分程度しかないし 本当に火葬式はあっけない… その10分間が最後のお別れになります 私はこの日のために母に写経を書いて来ました 今年に入り…あまり写経を書いていなかったので 中々書き上げるまでが大変でした… やっぱり写経も書いていないと文字を忘れちゃうんですよね… なにしろ一枚を書き上げるのに3時間くらい掛かるので 途中で誤字脱字をしたら水の泡… 流石に母の最後に誤字脱字した写経を持って行くのは気が引ける… 母が亡くなってからなんとか気力を振り絞り… 丁寧に写経を3枚を書き上げて一番出来の良かった一枚を母の棺に入れました ほぼなんにも無し無しの火葬...

間違いだらけの葬儀屋選び…

 こんにちは ロンです! 私のテーマではあった 母は亡くなりました でも意外とやり切った感はありますし あれ以上の対応は難しかったような気もします 後悔はない… しかし小さな悔いはある… しかし悔いというのは後から考えてみて 答えが分かっているからこそ感じるわけです その都度…自分なりの答えを出した結果の悔いであるならば仕方ないことだし 大きな後悔にはならない 母の介護に対しては後悔を残さないというのが私のテーマであったので そういう意味では自分でも良くやったと思いますね… 私がおかしいのでしょうか? 『もしよろしければ葬儀屋さんを紹介しますが…』 母が亡くなってすぐに病院の紹介というか… 病院に出入りしている葬儀屋に面会しました 誰かが病院で亡くなると 葬儀屋に連絡するという直通システムが出来てるんですよ なによりまだ母が亡くなってから1時間くらいですからね… 正直…葬儀屋なんかどうでもいい…(と思ったのはこの時だけだった…) そしてその後は医療スタッフと一緒に 亡くなったばかりの母のカラダを綺麗にしました アタマや腕などにお湯を掛けて シャンプーをしてから髪をドライヤーで乾かしたりして母の身なりを整えます 私も亡くなった母を自分で洗うことができて気持ちの上で区切りがつきました(もちろんギャン泣きしながら洗いました…) 母の病室が個室だったから付いてくるサービスなのか分かりませんが驚きましたね… 今思っても素晴らしいサービスでした そして病院から葬儀屋の車で母は安置所に移動します それを見送ってしまえば もう病院に居る必要はない… 私は病院を後にして家に帰りました… しかし危なかった… 私は母が亡くなった日の夜は 家に一時帰宅しようか迷っていたんですよ 私も自分をリセットする必要を感じていたし… でも母の病状がいつ悪くなるのか想像が付かなかったので 自分の中でもせめぎ合いがあった…  ただ母の病状が良くなることはない気はしていました 母が亡くなる数時間前に主治医から聞いた病状の説明や『本人が飲みたいなら水を飲んでもいい』と言った時の医師の発言が (本人が飲みたいなら飲ませてあげてもいい… もう治る見込みはないだろうし…)というようなニュアンスを感じ取ってしまったんですよね… なにより今回の肺炎が治ったとて 食欲はまったくないし ガンの痛みも出始めていた 私...

しかしつくづく自分勝手な介護だった

 こんにちは ロンです! ここから始まった 私は20年前くらいに今の家を買い 母を呼び寄せて同居をしました しかしそれは一瞬と言っていいほどの短い期間の同居でした 私も実家を出てから結婚して十年くらい経っていましたし そうなるといくら親と言えど生活スタイルが別物になっていました そこからの同居はどうにも折り合いが悪く 数カ月で同居を解消し母はひとり暮らしをしました… そしてそこから私は母と疎遠気味になります… どうにも『母を追い出して…母を見捨ててしまった』というという後ろめたさや自責の念に耐えられなかったのです そしてその後ろめたさは20年間変わりませんでした… なんだかんだ1年に1回くらいは会ってはいたので 人によってはそこまで疎遠ではなかったのかもしれませんけどね ただ『母を見捨ててしまった…』という後悔はいつまでも取り除けなかった… そして今から数年前… 母はひとり暮らしをするのが難しくなった… 私の介護はここから始まったのです 私は汚い男なんですよ… 母の介護を始めた時には私はすでに早期退職を目指していましたから 母の介護とパワハラ受けつつ仕事の両立が非常に高いハードルになっていた 正直…よくもまあここまで悪いことが重なるもんだ…と自分の運命が恨めしく思ったもんです… しかし しばらく経つと私は過去に母にしたことへの清算をするチャンスだと思いました 年老いた母が困っている今こそ私が手助けするのだ! むしろこの大変さこそが私の過去の後悔を洗い流してくれるように感じる そして今度こそ絶対に最後までやり遂げる!と心に誓いました しかしつくづく自分勝手な介護だったと思います… 母の介護をすることで自分も過去を清算して救われようとしていただけですし… 介護をしたところで過去にしたことが帳消しになることはない 本当に私は汚い男なんですよ… ただ最後に介護をしたことで私も救われたのは事実なんです 介護を始めると忙しいのですが しばらくすると私のライフワークのようになってきました 母は高齢だったしもう先は見えているので その時その時の瞬間を頑張れたし 大切に過ごすことも出来た なにより自分に掛かる負担が絶妙だった やはり介護とは距離感… すべて自分でやろうとせずに 頼るところは他者に頼り カネで解決出来ることはカネで解決した方がいい… もちろん誰しも介護が出来るわ...

ああ… 終わってしまった…

 こんにちは ロンです! やはり気持ちだけだったか… 十数滴の水を飲んだ母は気持ち悪くなって横になりました 少し呼吸も荒いようだし… やはり気持ちだけが飲みたいだけでカラダがついて行かないようです… 母は横になりそれ以来『水が飲みたい』とは言いませんでした しばらくして面会時間になり…姉夫婦が面会に来ました 昨日に引き続き 母は姉を認識しているような…していないような感じです やはり長年の間 姉は顔を出さなかったので母の理解が追いつかないみたいですね それでも自分の娘が来たことが母は嬉しいようです 私にとって姉夫婦の面会は地獄のような時間ですけど 母が喜ぶならなによりです ああ…(私は理解した…) しばらくすると母は『暑い…暑い…』と言って汗をかいてきました 熱は出ていないようですけれど 汗で髪の毛が濡れています 少し意識も混濁してきたし 言動もおかしくなってきました 言っていることは 昔の思い出話しのような…夢の中の出来事のような…不思議な感じです (熱の出始めなんだろうか…)と思っていましたが 『少し気持ち悪いしトイレ行きたい』と言い始めたので 医療スタッフを呼びました 医療スタッフが来て『ついでにオムツも着替えさせるので待合室で待っていて下さい 着替え終わったら呼びに行きます』と言われたので姉夫婦と共に 病室から30秒先にある待合室に移動しました ほんの少しの間でも病室を出たことで気が抜けてしまったんでしょう 私は一人椅子に座り… いつの間にか眠りこけていました ずっと寝不足ですし こんな待合室でも病室より静かですからね… なにより病室にいる時は母に気を取られて落ち着ける時間がない… やはり病室が一番寝れない… はっと目が覚め…スマホを見ると30分ほど眠りこけていました… 『あ〜 こんなに寝てたんだ… 意外とぐっすり眠れたな…』なんて思ってましたけど… しかしふと我に返り…『母の着替えにしては長い…長すぎる…』 嫌な予感がしたところでスマホが鳴ります… 私:はい…もしもし スタッフ:〇〇病院の者ですが… お母様が危険な状況ですので 今すぐ血縁関係の人に連絡して下さい  私:ああ~!!!? コイツ電話で何言ってんだ! オレは30秒もすれば病室に行ける距離だぞ! なんでもっと早くオレを病室に呼ばねんだ!!!(今思ってもムカつく電話だった…血縁関係呼べじゃね...

キレた…怒りの頂点

 こんにちは ロンです! 自分で自分が許せない 救急搬送されてパイプ椅子で一夜を過ごし…一般病棟の個室にエアベッドを広げて二日目が過ぎ…そして三日目の夜に突入です… 正直…私も疲れてきた… 病室は常に人が出入りして母に繋がれている機械も鳴り続ける… 全然寝れないし気の休まる時がない… 母も呼吸は苦しそうなではあるけれど 雑談をしたりもできるし 少し安心できる気もしてきます   (私自身もどこかで自分をリセットしないと潰れてしまう…) 着替えを持って来ていないので一度も服を変えていないし… なにより自分で自分の臭いが許せない 50代(無職)のおっさんが三日も風呂にも入らず熟成されてしまうとどうなるかは 皆さんだって分かると思います 決して美味しい生ハムにはならないんですよ(?) 私が動くたびに服の隙間から大型犬のような臭気が溢れ出る… クッ…クサい… クサすぎる… これじゃ消臭スプレー持ったミゲル君だって泣き出しますよ… もはや私は病院に居て良いレベルの人間ではないと思う… グッときた… 母は24時間 酸素マスクと点滴をしています 私も3日目ですが母も同じ3日目… 母も酸素マスクや点滴の針が鬱陶しいし なにより酸素マスクは口の中が乾く… 『水を飲みたい』としきりに訴えます… しかし老人の肺炎患者に水を与えることは病院側は慎重です 中々許可が出ない… そのため水で湿らしたスポンジや氷を口に含ませることしか出来ない… しかしそんなもので喉の乾きは癒えない… 私は水を飲みたい母に『ゴメンね…』と謝ることしかできない… そしてあまりの不快感に酸素マスクや点滴の針を自分で外してしまいます… しかし酸素マスクも点滴も母の生命線… 『お願いだから外さないで…』 私は何度も何度も母に注意しました しかし3日目の夜も1時間も経たずに何度も同じことをするので ついに私もアタマにきた… 『いい加減にしろ!! これとったらダメって言ってんだろ!!!』 私はキレた…  一番苦しいのが母なのは分かっていますが アタマにくるもんは仕方ない…  私だって人間です… 寝てない上に何度も注意しても外されたらアタマにきます そんなこんなで4日目の朝を迎えました… 母の状況は初日に救急搬送された時と比べると普通に会話できますが 数時間置きに苦しそうな時間があるしその繰り返しです (でも日中なら数時間...

私はモヤモヤが残るが…

 こんにちは ロンです! 地獄のような空気感… 救急搬送された当直の担当医が『今夜が山だ』と言うので その日の朝に私の兄姉に電話しました… その後のヤツらの面会時間は 初日は5時間ほどで次の日は2時間… まあ時間の長さはどうでもいいですが どちらの日も地獄のような空気感で一番キツい時間帯です 2日目はこの空気感にたまらず自分の夕飯を買いに売店に行きました どこかのタイミングで私も夕飯を買いに行かないといけないですしね ちなみに私は一日一食で夕飯を一回だけ食べるだけなので 今のところコンビニおにぎりとパンしか食べてません まあいつも自炊なので新鮮な感覚ではありますね まあいい…問題の本質はそこではない… 実際に今まであいつらが母に会っていたのかは全然知りませんが 介護する前には兄は私より母に会っていたと思います しかし介護が必要になってからは母の所に行くのはピタリと止まってしまったと思う… 姉は『運転免許がない』のを理由に全然会いに来ませんし 『運転免許がない』から介護も出来ないそうです… まあやらない理由なんかはいくらでも付けられますし そんな言い訳どうでもいいですけどね… なにより母は認知症… 昔のことは覚えているけど10年くらいのことはもうあんまり覚えてないし 10分前ことはもっと分からないです なので母は面会に来た兄の顔は分かりましたが もう何年も顔を出さないで 今は老人になってしまった姉の名前と顔が一致しない… 母にしてみれば姉の名を語る初老の女に見えるのでしょう… 『え〜と…アナタは誰だっけ?』と母は言って 姉は『え〜私だよ〜分かんない?』と取り繕っていたのは心の中で笑いました  悲劇的な状況は喜劇的ですが自業自得だっての! しかも帰り際は絶対に『だんだん顔色も良くなってきたしね〜』とか『昨日より呼吸が良くなっているね〜』というようなことをアピールして自分たちが帰る雰囲気を作るんですよ ただ帰りたいだけの発言なのでムカつきます(だいぶ私も心が狭くなっている…) まあ『昨日より顔色が悪くなってきたね〜』とか『昨日より呼吸が悪くなっているね〜』とか言って 帰路につくのも出来ないのは分かりますけど… しかし挙げ句に『面会時間は1時間という決まりなのに2時間もいるからもうヤバいよ〜』って言ってやがんですよ さも『面会時間1時間というルールを破り2時間も母親...

最低限の仁義ですかね…

 こんにちは ロンです! ハラが痛い…ストレスだな…こりゃ 救急搬送された日の朝… 私はパイプ椅子を二個くっつけて 体を丸めた状態で仮眠を取りましたが 猛烈な腹痛で目が覚めました たぶんストレスからくる神経性の腹痛です もう座っているのもキツい… 一度家に帰って態勢を立て直したいと思っていましたけど これじゃ車の運転すら出来ないかも…? 会社に行く前に嫁ちゃんが病院に来るというので やっぱり会社を休んでもらい 薬も一緒に持って来てもらいました やはり昨日から続く慣れない環境やパイプ椅子での仮眠のダメージがデカいし 挙げ句に『今夜が峠だ』と医師に言われてしまった 母の最後になるなら私の兄姉に電話をしようか…止めようか…の葛藤からくるストレスもある… やっぱり連絡したくない… 結局電話した 救急搬送された次の日の母は だいぶ意識が戻って来て会話は普通にできるようになりました 救急搬送される前は七転八倒して意思の疎通は難しかったですからね… 朝に目が覚めて私を見るなり…『なんで居るの?』とはっきりした口調で言った時は嬉しかった… こんなドラマみたいなシーンあるんですね… でもまだ呼吸は荒いし いつ体調が急変するかは分からない… 担当医に聞いたって分からないんですから私に分かるはずがない もうこれで最後のような気がするし 大丈夫なような気もする… 正直あまり実感が湧かない… しかしいよいよの時が来てからは遅いですからね… やっぱりあいつら(兄姉)に連絡した方が良いのだろうか…? 私の判断で情報を出し入れするのもなんですし… 最低限の仁義ですからね… (仕方ない…電話するか…) 朝の9時頃に姉に電話をして2時間後くらいにヤツらは病院に来ました… 最後に会ったのは兄は1年くらい… 姉は…思い出せない… たぶん5〜6年かな…? 久しぶりの面会でしたが…私はまったく嬉しくもない… むしろ無の感情… ただ同じ母から産まれただけの関係性で電話しただけで本当は電話したくなかった… もう馴れ合う気はない… もともと数年前に兄⇒姉⇒私という連絡網で『母がボケてきてヤバい』という情報が回ってきた… そこから私はデイケアなどに電話をして母の介護が始まったんです… そして今の今まで私は奴らに頼らずデイケアから小規模多機能…そして老健から特養まで一人でやってきた 毎週のように通院して 用があ...

家族にとってどこまでが延命治療なのか?

 こんにちは ロンです! 私は寝てないんだ! 母が救急搬送されて我々は待合室で診察待ちの状況です 時間はすでに深夜3時を過ぎている… 今日の昼間のドライブから母は熱を出して そこから老人ホームに5時間くらい居て 私は20時頃に帰宅しました  そして母は夜23時過ぎにまた高熱を出して私は施設まで行き救急搬送されたので全然気の休まる時がなかった… 私もあまり体力が戻っていないし 眠気と疲れでフラフラする… なにより施設でも病院でも長時間やっすい椅子に座っているからカラダじゅう痛い… 嫁ちゃんのスマホ充電の間違いでイライラするのも仕方ないのです… 数十年前に会社の不祥事で昼夜対応に追われている経営者みたいに『私は寝てないんだ!』と大声でぎゃーぎゃー叫びたい… (当時…テレビで大バッシング受けてた) 『眠いしキツい!! カラダじゅう痛いんじゃい!!!』 本当はこう言いたいし 責任のない無職だから私語を言っても良いのですが いい大人はあまり私語を言わない方が良いですからね… ここはやっぱり我慢です(無職と言えど分別はある…) 結局はどっち? 名前が呼ばれ診察室に案内され担当医の説明を受けました CTなどの検査の結果は肺炎でした… もちろん大腸がんや食欲減退などの影響があったと思いますけど まさかの肺炎… これなら熱が出てすぐに病院に行けばよかった… やはり『過度な延命治療をしない』のと『まったく治療を受けない』というのは違う どこまでが『延命治療』でどこまでが『延命治療ではない』のか? それを選択する家族には難しい問題だし たぶん明確な線引は出来ないでしょうね 老人ホーム側の対応も一定の理解はできますが やはり『まったく治療をしない』ような対応に見える 言い方は悪いけど 老人ホーム側からすれば私の母は多数いる内の一人の老人である…  すべての決断は一番近くにいる私が全部するわけだし 彼らに最終判断を仰ぐべきではなかった… まあ彼らが救急搬送した私をどう思うか分かりませんが なんの治療もせず痛みと高熱に七転八倒する母をそのままにすることは出来なかった… そして『とっとと病院連れて行けばよかった…』と後悔まで感じる… 当直の担当医の話しだと今夜が峠…『今夜が山だ』と言われました(こんな時でもガキ使思い出す…) このままお見送りする可能性も言われました 今の母の状況は私もそ...

ある種の失望感…

 こんにちは ロンです! 買ってよかった 今日は一日長かった… ちょうど『さあ…もう寝よう…』というタイミングです 夜12時頃に『高熱が出ています…』と老人ホームから電話がありました すぐに嫁と2人で施設に行きました こういう時に一緒にきてくれる嫁ちゃんがありがたい… とりあえず病院に泊まりになると思ったので エアベッドと毛布とマクラを車に積み込みました 2年前の年末年始に母の自宅に泊まった時に買ったエアベッド… いつかはこういう使い方をするだろうと思っていましたから買ってよかった あとはスマホのバッテリーも8%くらいしか無かったので充電器一式も入れました… もう現役じゃないから急速充電対応のモバイルバッテリー持って無いんですよね… まあ老人ホームのコンセントで少しでも充電しておこう でも我ながら先々を予想した行動を取れたと思いますね(オレ偉い!) 私は我慢した… 一通りの準備をしてすぐに家を出ましたが『私が運転しようか?』と嫁が気遣ってくれます… でも気持ちだけで大丈夫! 自分でも思った以上に私は冷静だからさ… でも母を救急搬送をするか?しないか?をこの時間に決断しないといけません 本当に相談できる相手がいるのが助かる… 施設に着いて母の部屋に行きましたが 母は相当苦しそうで七転八倒していました… 今までも救急搬送は数回してきましたが あきらかに今までの救急搬送された状況とは異なる… 私は自分の判断ミスが恨めしい… これならもっと早く救急搬送してりゃよかったと思います 苦しむ母に『ゴメンね…』と繰り返し謝りました… 私は施設に入ってすぐ嫁ちゃんに『オレのスマホを充電しといて』と頼みました 救急車に乗って病院に行ってしまえば充電するチャンスはあんまり無さそうですからね 今回ばかりは私の姉兄達に掛けたくもない電話をしなきゃいけないかもしれないわけだし… バッテリー残量を少しでも稼いでおきたいですしね… 老人ホームの夜間担当者の職員さんから『救急搬送はどうしますか?』と言われましたが 私はもう迷うことなく『救急搬送お願いします』と伝えました… こんなに苦しそうな母をこのままにしておけない… すがれるものならワラでも掴みたい! 程なくして救急隊員の人が到着しました 苦しむ母を救急車のベットに移し替えてもらいながら 私は母の詳細を隊員に伝えます… そして充電している...

正解は無い…しかし自分の中の正解はある

 こんにちは ロンです! 悲しいけれど… 最近の母は体調がすぐれない… もはや食欲はないし水分しか取れない そして大腸がんが肥大化してリンパに転移して痛みも出てきている 満身創痍…とは思うんですが 母は穏やかです そんな母を見ると辛いですが少し不思議な気分になります… 痛い素振りも見せますけど まだまだ肌艶の血色も良い…  もちろんいつまでもこのままではないと分かっています… 母の状況はまるで花瓶に挿した花を見ているような気分になります 悲しいけれど いつかは枯れてしまうのでしょうね… 完全に見誤った! 先日…老人ホームから(また)連絡がありました 母が高熱を出している…という連絡で 『今は寝ているので大丈夫です…』という報告でしたけど 夜中の電話だったし…容体の悪化を考えるとその日の夜は電話が鳴りはしないかドキドキしました 次の日の朝に老人ホームに確認の電話をしたら今は平熱になっていると言うので一安心です これなら明日くらいならドライブ行けるかな? 最近は母との週一ドライブが恒例です 次の日に面会に行くと…『まだ微熱気味だけれどもドライブに連れて行っても良いですよ』と言われました 少々の微熱気味でも母の気分転換や思い出作りの方が大切だという施設の人の判断もあったように思います 間違いなく言えるのは 母の体調が完全に戻ることは無いということ… その日は微熱気味という割には自分で歩行器を使い歩いていました 『おっ 意外と元気じゃん!』 今日は気温も高いし良い天気… 良いドライブになりそう 最近はいつも通っている海沿いの道を行きます… 道中は楽しくおしゃべりしていましたけど 段々と母に問いかけると言葉が返ってくるレスポンスが悪くなってきました (まあ微熱気味だから眠いのだろう…)そう思っていましたが 帰り道の数十分前には体調が悪そうです 喋りかけても生返事になってきた… (マズい!完全に見誤った! 熱が出てるんだ!) 施設に着いた時にはもう母は歩けなくなってしまった… そこから母を力ずくで車から降ろして母の部屋まで連れて行って寝かしつけました… 最初は熱で苦しそうな母も しばらくしてからはスヤスヤ寝ていたので この日は様子見のつもりで自宅に帰宅していまいましたが 深夜に施設の夜間担当者からの電話が掛かって来ました 『また高熱が出ていますし本人は苦しそうです 救急...

無職が目指すべき姿(かな?)

 こんにちは ロンです! 意外とやった後悔の方が… 私も50代なので今まで生きてきて 『やれば良かったもの』や『やらなきゃ良かったこと』などはあります しかし不思議と後悔はありません たぶん早期退職してそういった後悔も無くなってしまったのかもしれませんし もう思い出す必要もないのでしょう 当時の自分が決断してきた積み重ねが今の自分だし その時はその判断がベストだったのでしょうしね… まあどちらかと言えば『やらない』より『やった』方が良かった気もしますけど 意外と『やった』ことによる後悔の方が後を引く気もします 人間は『やった後悔』も『やらない後悔』でも どちらでも後悔を感じますからね… どちらにしてもできる限り後悔というものは少ない方が良いのでしょうね   無職の上の称号は? この先の無職生活もやりたいことが無い訳ではないですが 絶対にやらないといけないことはあまりないです… こうなると人生の目標も目的もなく 後悔すら感じない無機質な生活になりそうな気がする… これでは人間としてどうなのだろうか…? しかしある意味…無職であり続けようとするのはそういうことである… 無職は待っていてもイベントが起きないですからね 私は無職ではありますけど 母の介護だってあるし 辛うじて専業主夫という側面がある… しかしいずれ夫婦二人暮らしになり 嫁がセミリタイアした挙げ句には専業主夫を言い張るのは無理がある… そうなるとただの無職になってしまう たぶんその時は年金だって受給していない… 年金ももらっていないから『老後』とは違うし『老後』と自分では口に出したくない… こうなると自分自身のアイデンティティの消失と言っていい… 私が老後に恐れているのは 今まで生きてきた人生の中で老後が最も最悪な期間になってしまうことです 例えば寿命が80歳だとします… そして産まれてきてから60過ぎまで人も羨むような経緯で順調に来た人生だとします しかし60過ぎから80歳までの20年間が人生最悪だと思える期間だとしたらどうでしょう? これが幸せな人生と言えるでしょうか? ワタシ的は自分の人生の前半戦の部分だけを 持ち上げられるだけ持ち上げておいてから ドドーン!!と地べたまで叩きつけられる人生が一番キツい… 今の私が50代なのもありますが どうせなら50代まで不幸だったとしても この先の人生が幸せ...

状況は二転三転…白紙に戻る

 こんにちは ロンです! 私のターンで終わらすな! 先日…不動産屋に『ネットに掲載している家の外観くらい画像編集くらいしろ!』とメールをしたのを最後に連絡が途絶えました… 実際にはもう少しマイルドな言い回し方ですけどね そうこうしてネットに掲載している我が家を見ると いつの間にか外観の画像は修整してありました… しかし不動産屋からの連絡はあの日で止まったままです… まあ画像編集をしたのは早かった気もしますけど 普通は『画像編集しました 申し訳ございません』くらいの返信ってないんですかね? 社会ってこれが普通なんですか? なによりメールですら返信してこないのは非常に不愉快です 別に対話のキャッチボールをしたい訳ではない… 私のターンで終わらすな! 報告くらいしろや!ってことです 今はグタグタの不動産屋で良い… 最近は専任媒介契約した不動産屋を批判していますが まあだいたいこんな感じだとは思っていました 彼ら仲介不動産屋からすれば売れても売れなくても損はないですしね 売れてくれればラッキーくらいでしょうからね だって専任媒介契約を取ってあるから販売上のライバルはいないし あいつらは契約期間までゆっくり買い手を見つければいいんですから… そして買い取り業者にしてみれば安く仕入れて高く売ることが正解ですから 足元を見てくるのも当然です 仲介不動産屋は両手取引(売り手買い手の両方から手数料を得ること)をしたいのだし 買い取り業者は1円でも安く買って1円でも高く売りたい ようは駆け引きであって 悪い言い方だと騙し合いですからね まあどんな取り引きでも腹の探り合いがあるもんです そんなわけで今回の専任媒介契約が終わってからどうしようかな…と思っています まだ2ヶ月ちょい契約が残っていますが まあたぶん売れないでしょうね(それにしてももう1か月経ったんだ…早いな) それほど不動産屋に期待はしていない… というか自分たちが住む家探しも終わってないですしね むしろこんなに不動産屋では早く引っ越ししなくて良かったくらいです 慌てて引っ越ししてもこれじゃきっと売れないでしょう そうなると二重に家賃が掛かる期間が長引くだけだし… まあ良い中古マンションでも出てくれば買ってしまう可能性もありますけどね なにより少し状況が変わってしまったんですよ… この先…娘が少しの間 入院する予定です...

安すぎんだろ!(怒)

こんにちは ロンです! 期待感はない 先日やっと不動産屋から連絡がありましたが 買取価格の提示はまだでした もう買取業者が内覧をして半月以上経っているので明らかに遅いです なにより買取業者による買取価格は通常の販売価格に比べて数百万円も安いはずですから 元々期待していません とりあえず一応の参考までに…という意味での査定です しかし嫌な予感しかしない… こういう不動産屋が連れてきた買取業者なんかは どうせふざけた金額を出してくるのは目に見えています まあそれも織り込み済みですけどね まったくふざけてる 私はもともと人には期待しないし 期待のしすぎで自分がダメージを喰らわないようにするタイプです 今回もやはり大きめに皮算用をすると現実の金額差にやられてしまいますからね 私は宝くじも競馬もやっていたので 当たった時を考えすぎるとハズレた時のダメージがデカいというのを身に沁みて分かっています その落差をどう埋めるかというと高望みしすぎないことです どれだけシビアに客観的に物事を見れるのか?ということでしょうね なので資産形成も比較的順調に積み重ねることができました なんせ低め低めで計算していますし…当然と言えば当然なのです そんな私ですから今回の買取業者による買取価格も大体の目安をつけていました 我が家の現在の販売価格はかなり強気の設定で 相場より300万円くらいは乗っけている状態です 私もこの金額では売れないと思っています そこから買取業者の買取価格はさらに低いでしょうから販売価格から800万円くらい安いだろうし…最悪1000万円近く低い金額だろうと予想していました まあそんな金額じゃ売らねぇけどな  でもどうせこんなもんだろう… しかしやっとこさ来た買取価格に驚きました 1300万以上安い買取価格でした! つまりは販売価格が3000万円とすると 業者の買取価格は1700万円ということ… ぬぅ~ こんなので私の予想を超えてくんな! 私の儲けはどこ行った! まったくふざけた金額ですよ だったらお前らに売らずにもっと販売価格を値下げして売るよ! だいぶ足元見られているし 本当にそれしか価値がないなら売らずに住み続けます… そもそも私だって同じ地域で売られている物件を参考にしつつ 少し高めの販売価格を設定しているんですからね そしてその販売価格を決めるのに不動産屋と相談して決...

早期退職前の心の支えだったしな…

 こんにちは ロンです! 計画性が無さすぎるのも問題だけど… 前回は終の棲家をあらためて考えてみましたけど あまり損得勘定ばかり考えても仕方ない気がしますね 終の棲家だろうが人間は家が必要だし 結局は賃貸や持ち家でも 老人ホームだとしてもお金が掛かり続けるわけです そして人間は最後の最後まで住む家がないと生きていけない… なので老後の資金で足りるのであれば賃貸でも持ち家でも良い気がします 一番最悪なのは資金不足で破綻してしまうことですからね ちなみに私の母は老人ホームに入る前は市営の団地に住んでいました 抽選で当たるまでは少し時間が掛かりましたが 家賃は3万円もいかないくらいの1DKでしたね 家賃の安い市営団地に住めればそれはそれで良いような気もします まあ計画性が無さすぎるのも問題ですが『終の棲家』と身構えすぎるのも問題なのかもしれませんね なんせ我々夫婦の両親はほぼノープランで老後に突入してるのを見てますからね 互いの両親は良い反面教師です やったか?やらなかったか? しかし持ち家の場合はあまり資産価値が高いのも考えものです 例えば今住んでいる家の価値が3000万円だとしたら 3000万円をマクラに寝ているようなもんです 自宅の資産価値がいくらあっても現金に変えない限り使えない資産ですからね でもそれってもったいなくないですかね? だったら3000万円で自宅売却をして1000万円の家を買えば残り2000万円は自由に使える資金になります 使えない資産を自宅として持っていても豪華なマクラになっているだけです ならば家をダウンサイジングして余った資金を有効に使った方がより豊かに暮らせますからね まあ今まさに私がしている自宅売却はこういうことなんですけどね そう考えると若い内に買った持ち家は将来的な資産になります これが賃貸であれば何も売る物を持っていないわけですし… まあ必ずしも若い内に持ち家を買った方が良いわけではないです ちゃんと将来的なビジョンがあって賃貸を選択している人だっているわけですしね  なにより独身で1Kの物件ならば資産価値としてはかなり難しそうだし自宅購入した方が身動きが取れない場合だってありますからね ただ家族持ちであれば持ち家を購入した方が良いケースが多い気がします   なにより私のように無計画で来てしまって40代後半から資産形成をするよ...

終の棲家の大成功とは…

 こんにちは ロンです! あらためて終の棲家 最近はあらためて終の棲家について考えています 私自身も終の棲家はもう少し先が良いと思っていましたけど 意外と引っ越しって準備だけでも疲れますね これってあんまり歳取ったらもう一度引っ越しってできるんだろうか? 嫁も『もうこれで引っ越しは最後が良いな』って言っていますし… やっぱり『家』っていうのは生活の根本ですからね 引っ越し慣れしていれば別ですけど あんまり歳を取ってからの引っ越しもキツい気もします お金の損得ではないと思う 私はまだ50代… たとえ終の棲家と思って移り住んでもまだ年金すら受給していません そして未来の家族構成や資産状況も分かりませんし なにより自分自身の気持ちが分かりません 今の私が『終の棲家』と思っているだけで 未来の状況次第ではいくらでも考えは変わるだろうと思い直しました だって今の私がそうですからね 早期退職前から考えてきたプランなんかは現実に直面するとあまり当てにならないのを実感しています やはりその時に出会える物件だって運みたいなもんですし… 物事はそう簡単にいかないもんです… では終の棲家を今から考えるのは無駄なのか…? やっぱりそんなことはなくて 考えた先に今の自分の答えが出てくるものです その時その時のベストを選択するしか人間はできませんし… しかし悲しいかな…その答えもまた変わっていく… はたして答えらしい答えはあるんだろうか? 今の私が考えるに 老後の終の棲家にあまり損得勘定を持ち込まないことが重要じゃないか?と思いますね 終の棲家というのは自分の人生の最後に住む家ですけど やはり賃貸か?持ち家か?という問題はあります しかし老後は年金と手持ちの資産で生活できるのであれば 賃貸でも持ち家でも問題らしい問題はないと言える ようするに資金的に破綻がなければ良いわけだし… 賃貸でも持ち家でも人間は家がないと生きていけないですからね 結局は賃貸だろうと持ち家だろうとお金が掛かるし掛かり続ける… どちらも完全に無料というわけにはいかない そしてそのお金は自分が亡くなるその時まで垂れ流されるのです ただ持ち家ならば固定資産税さえ払って行ければ 誰も私をこの家から追い出すことは出来ない…という安心感はある 家の修繕費だって建物に致命的なダメージが出なければ無視できるし 維持費だって固定資...

やっと不動産屋から連絡あったけど…

 こんにちは ロンです! 専任媒介契約は二週間に一度 先日… やっと不動産屋からの連絡がありました 何日目から報告義務が発生して起算するのか分かりませんが 不動産屋が買取業者を連れてきた日から起算してもすでに15日は経っていました 私が契約した専任媒介契約には 『文章または電子メールにより二週間に一回以上の頻度で業務の処理状況を報告します』と明記してありますから 文章としての報告は初めてになりますね 不信感というか期待外れというか… まあ私も不動産屋を介入させたからといって すぐに売れるとも思っていませんでしたし 相手に対しての期待感もそれほどありませんでした 私は自分の行うことですら期待値は低めですからね 他人に期待するほど期待は空振りするものです ブレブレの私にダラダラの不動産屋 最初は不動産屋から電話が掛かってきましたが ちょうど夕食を作っている最中だったし 正直あんまり話したくない 電話を2回ほどスルーしていたらショートメールが入ってきました 連絡が遅れたことのお詫びや言い訳が書いてありましたが 肝心の買取査定額は無くて 『また後日査定金額を連絡します』と書いてありました 今だに買取金額すら提示できない不動産屋に 期待外れ以上の感情が湧いてきます 一応は不動産屋も連絡をしてきたので なんにも返信しないのも大人げないので 『連絡はメールでお願いします』とだけ次の日に返信しておきました しかしそれに対しての不動産屋からの返信はありません 私の中の普通では 『かしこまりました』くらいの返信があっても良いように思いますが どうなんでしょうか? なにより業者の買取価格って半月経っても出ないのはおかしいですし こういう連絡のキャッチボールもできないので 期待外れを通り越して呆れています こまめな連絡とは言いませんけど 契約上に明記してある最低二週間に一度の連絡くらいはしてほしいもんです まあ期待をしていない分どうでも良いし なにより私も母の体調が悪いので今はそれほど引っ越しに対して集中できない  あまり早く売れてしまうのも大変なので 『丁度いいや…』くらいに思っていますけどね それに娘のひとり暮らしも微妙な感じになってきたんですよ もともと娘は精神的に強い方ではないので ひとり暮らしや引っ越しなどの環境の変化についてこれなくなってしまったんですよ 自宅も無くなっ...

ケチってはいけなかった…

 こんにちは ロンです! やっぱり違う 私は変なところがケチなんですよね… 食料品や調味料なんかも少し安い方を買いますしね でも食料品はあまり安いと味が悪いことが多い 例えばウインナーなんかは分かりやすい… 一番高いのと安いのを比べても全然違うんですよ やっぱり高い方が美味いし 安いには安いなりの理由がある… かと言って高ければ高い方が良いという訳でもなかったりするし… 自分の好きな味や食感もありますからね… でも安すぎるウインナーはやっぱりマズい気がしますけどね… ビタビタや… 私は基本的には高いのは買いませんけど あまりに安すぎるモノも敬遠しますね… だってせっかく作った食事がマズイと言われると嫌じゃないですか 品質のせいで私の料理がマズイと思われるのだけは勘弁できない それに50代にもなればカラダに良いものを少しでも取り入れたい… なにより私は一日一食…  せっかく1回だけの食事なのにマズイ飯を食ったら1日が台無しです まあ歳とったらあんまりショボいもんばっか食っていたら健康的ではない気がしますから バランス良く食べたいもんですね 我が家の犬も段々と歳を取ってきました まだ老犬というには早いですが 体調が悪い時だってあるし病気になったりもします でも犬って食っちゃ寝しかしないですからね 私から言わせばかなりの怠け者ですよ…ろくなもんじゃないです あいつらは… まあそんな私も無事に仕事を早期退職して再就職もせず… あいつらの仲間入りを果たしたわけですが… 今までは嫁がドックフードなんかを買っていたんですが 今は無職で専業主夫の私がドックフードを買ってきます… 以前も書きましたけど 奴らのドックフードは人間の白米よりも高い… しかも肉や小魚…チーズだって入っている(セレブか…) この間も100円で売ってる8枚切りの食パンにマヨネーズをかけたマヨトーストなんか食ってたら 犬に鼻で笑われましたよ…(そんな気がする…) く〜う…コイツらムカつく… 先日いつも行くホームセンターでドックフードを買いに行きました しかしいつも買っているドックフードが値上がりしていました やはりインフレの波はドックフードにまで及んでいる… (この高いドックフードを買ったら さらに犬との差が開いてしまう…) そう思ってしまったケチな私は いつもは買ったことのない少しお安めのドックフードを...

早期退職前の私がおかしかったのだ

こんにちは ロンです! 負のスパイラル 最近は気分的に重いです… 自宅売却やら引っ越し先も決まらないところに 母の体調悪化も重なってしまったし… 専任媒介契約をしている不動産屋からも一切連絡や報告もない 挙句に犬まで体調が悪い… 普通に座っている分には大丈夫ですが 抱きかかえる時はキャンキャン泣き叫びますし その時ついでに私の手に噛み付いてきます(くぅ~ここは我慢だ…) 外傷など見当たらないのでどこか打ち身になってしまったのか? 痛がる原因が分からないので犬も病院に連れていかないといけないでしょうね やれやれ… すこし負のスパイラルに迷い込んだみたいです 当時の私がおかしかったのだ (一番可哀想なのはオレじゃないのか?)だんだんそう思い始めました… 私は自分で自分を守るタイプ 世界で誰も私の味方がいないとしても私は私を見捨てない… むしろこのメンタルがあったから早期退職できたのです まあ上手くストレスを逃がしていくしかないでしょうね… 早期退職前の私はめちゃめちゃ辛党だったんです たぶん極度のストレスが掛かっていたので 辛いものを食べることでストレス解消をしていたのでしょう まあ極度のストレスを感じる前から辛党ではありましたけどね しかし早期退職してからはあまり辛いものを食べなくなった もはや辛いものを食べてストレス解消をする必要が無くなったのです しかし最近は短期間での状況の変化で少しストレスを感じ始めています そうなるとあの当時を思い出し 無性に辛いものが食べたくなる… 久しぶりに辛いものを食ってみよう 私はめちゃめちゃ辛いものが強いわけではないです ただ昔から一味唐辛子を結構かけていましたね 最初は15グラム程度入っている小瓶で買っていましたが 1回に20振りくらいするのでテーブルに一味唐辛子が飛び散ってしまう… 『一味唐辛子を巻き散らかさないで!』そう家族からクレームが入ってくるようになってしまった  それからは一味唐辛子が出てくる あの小さな穴の空いた出入り口のプラスチックを取って 瓶からダイレクトに一味唐辛子を掛けるようになりました そうなるとテーブルにこぼさない代わりに消費量が増えるので 小さい一味唐辛子の瓶ではすぐに無くなってしまうんですよ もう小瓶で買うより大袋で買った方が安いしコスパが良い… 自称倹約家の私は迷うことなく300グラム入り一味唐辛子...