50代無職はこれ以上を用意出来ない
こんにちは ロンです!
どうやって質を上げる?
無職こそ生活の質を上げることが出来ると思っていますがそもそもが生活の質ってなんなんですかね…?
自分で書いていても正直ピンと来ない
見えない質をどうやって上げるんだ?
そもそも生活の質をQOL(クオリティオブライフ)と言っているのも違和感ある
なんでいちいち横文字にするんですかね…
まあ日本人特有の言葉遊びでしょうけど なんかおじさんは馴染めないんですよね
まあ言葉自体はどうでもいいですけど 生活の質って漠然とし過ぎていますね
これ以上は無理じゃないか?
前回のブログでも書いた通り 理不尽や我慢を遠ざけることが出来れば生活の質が上がるような気がしますけど なんだか少しいびつに感じます
仕事を辞めない限りは理不尽も我慢も遠ざけることが出来ないわけですからね(リア充は除く)
まあそれだけ生きて行くというのは大変なわけです
そしてやっと手に入れた無職の生活の質は 無職状態を楽しめるかどうかに掛かっています
私からすれば特に楽しもうとかしなくても 無職になって社会を遠ざけることが出来るだけでQOLが上がるんですよね
なにも特別なことではない… ただ会社を辞めて無職になるだけで良い
まあこの状態を作り出すことが難しいんですけどね…
しかし私にはあまり理解できませんけど 無職状態が合わない人がいるらしいので 無職の生活の質は本人の社会性が大きく関係しているのでしょうね
社会に対する興味というか…依存度と言ってもいい
ですが人間は社会から完全に孤立した生活っていうのもキツいですからね
私も社会との関わりの窓口として嫁ちゃんがいるし 今までは母の介護もあった
でも今はもう母は亡くなってしまった
そう考えると私の社会の窓口が一つ無くなってしまったと言えますね
でも私にはブログという窓口もありますし ブログはお金も掛からないので一番良い社会との繋がりです
そう考えると仕事を辞めて理不尽を遠ざけて 自分にちょうどいい社会との繋がりを持つことが生活の質を上げる要素なんですかね…
私の場合は早期退職して生活の質(クオリティオブライフ)が上がったというよりも 無職になって人生の春(スプリングタイムオブライフ)が来たと言った方がぴったりくるんですよ
そしてその人生の春は今だにずっと続いている(無職サイコー)
こうなると生活の質という問題でもないような気がする
生活の質じゃ言葉として弱いんですよね
だって天国にいる人に『アナタは幸せですか?』と聞いているようなもんですからね
もちろん私のいる場所は天国ではありませんし 生きて行く日常の中には痛みや苦しみだって感じる時がある
しかし少なくとも私にはこれ以上の環境を自分で用意出来るとは思えない…
つまりは私の作り出せる幸せの限界が今の生活だと思うんですよ
辛い現世(労働)を手放して天国(無職生活)に入った
言うならば『かりそめの楽園』を手に入れたようなもんです
なにより今は健康だし今の瞬間が一番若い
この先は健康を損なって行くだろうし歳も取る
この先をどんなに頑張っても現状維持が精一杯でしょうし 今より良い健康状態はないと思う…
つまりはこれで満足出来なきゃいつ満足出来るんだ?
もっとお金を貯まってから? それともなにかチャレンジしたりとか?
たしかに幸せの絶頂ってまだ先にあるかもしれない…
でも未来の自分がどうなっているのかは誰にも分からないから 幸せを実感出来る内にした方がいいと思うんですよね
なにより毎日の小さな幸せを繰り返すことが大きな幸せに繋がっている
たぶん『足るを知る』に近いニュアンスかもしれませんね
では皆さん良い一日を
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