仕事に行かなくなって1年… 介護編
こんにちは ロンです!
介護はギリギリだった
無職で丸一年…
普通であれば…仕事に行かない…というのは人に蔑まれるようなワードに聞こえますが 私にとってみたら誇らしい…
なんせ自分で飛び込んだ世界で1年過ごせましたし…
そこそこ健康で楽しくやって来れたと思います
当時…私は会社が嫌で嫌でなんとか逃げ出したい一心で早期退職したわけですけど…
同時に母の介護も仕事をしながらでは限界を迎えていました…
仕事を辞めるタイミングもギリギリで絶妙だったと思います…
あの時 会社を辞めていなければ…?
会社を辞める数年前から毎週末…買い出しをして母のところに行っていました
たまには面倒くさい時や体調が優れない日もありましたよ… けれど最低でも毎週1回は通いました
母は持病があるので町の病院なども そのつど都合をつけてやりくりしていましたけど 大学病院に行くようになってから事態は一変しました…
町医者では対応出来ず… 大学病院に行くように紹介状を渡されてしまったんです…
なんせ大学病院は平日しかやっていないので会社を休んで行かなくてはいけません…
その頃はすでに私も仕事をすることに限界を迎え…退職時期も自分で決めていました
有給消化も計画に入れてあったので 1日でも有給を使って退職日を先送りはしたくありません…
大学病院の紹介状を町医者からもらった時は
…マジか… タイミング悪すぎるよ…
そう落胆しました…
人生は不思議なもんで…ツイてないな…と思う時にはとことんツキがないもんですよ…
しかし私はもう6月末で退職日を決めていたし 絶対に退職日を変更したくない!
絶対にその日に辞めてやるんだ!
なんせこちらも命がけの決意で早期退職するんですから…
絶対にブレたくない!
この時の心境は本当に人生を掛けた一大事…そう思っていたし命がけの決意…というのも言い過ぎではない…
長い時間をかけて計画しましたから 少しの計画のズレも許せない…
今思えば大げさだし6月末退職に固執して きれいに辞めようとしすぎな気もしますけど…
でも退職日を決めて強い気持ちを持たないと自分自身がブレずに進んで行けない…
私だって限界なんですから気持ちが続かない…
柔軟な対応なんかできないから 視野が狭くなってしまうのは仕方ないんですよ…
2回ほど平日休みの嫁にわがままを聞いてもらって 大学病院へ母を連れて行ってもらいましたが もう嫁に頼むのも無理でした…
嫁だってわざわざ平日の休みに自分の用事を先送りしてもらっているわけですからね…
なにより義理の親の病院の付き添いって人によってはキツいですからね…
私に特別な理由があったから嫁も協力してくれたんです…
本当に今も昔も嫁には感謝ですよ…
なんとか私の退職日まで大学病院の通院を引っ張ることができたので良かったです
退職後の大学病院は毎週のように行く時もあったし 挙句に骨折入院までしてしまったので あのまま会社勤めをしていたら会社と母の介護の板ばさみで 私はパンクしていたでしょう…
今思っても会社を辞めるタイミングはまさにギリギリ…
あの時…会社を辞めていなければたぶん有給消化してから介護休暇を申請していたでしょうね…
たぶんそれしか思いつかない…
しかし私にパワハラをしているような会社ですからね…
辞めずにあの状況をどうこなしていたのか… 気持ち悪くて想像もしたくありませんね
私の退職後の1年は 3分の1くらいは母の介護のためのような気がします
どうせ介護がなくても辞めていますが 大学病院に連れて行くにあたってはギリギリのタイミングだった…
でも毎日介護するわけではないので 辞めてしまえば余裕を持って母と接することができた…
介護をするにはギリギリだったし その後の展開を考えると良いタイミングだったと思いますね…
では皆さん良い良い一日を
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