悲観的な未来と選択
こんにちは ロンです!
いつも悲観的
人間の未来予測は悲観的だな…
ニュースを見るといつもそう感じます
未来予測を明るく伝えることは皆無です
何故こうも悲観的に語られるのかな…
もともと人間は最悪を想定して行動するし 小利口になればなるほど未来予測は悲観的になる
反対に楽観的になればなるほど破滅的というわけでもなかったりするのは皮肉なもんです
実はあまり深く考えても結果ってそこまで変わんないのかな…? 特に庶民なら…
選択しているようで選択していない
よくネット記事とかで…老後幸せになるために…みたいなものを見ますけど やはり書いてある内容は似たりよったりですね
コレ凄いな…という記事は中々当たりません
しかし考えてみるとそんなに特別な存在じゃない自分に 特別にスペシャルな幸せがあるわきゃないよな…と思い返します
人間は見た目も中身も全員違う…
なんとなく人間の属性で大きく分けることはできるでしょうが 全員同じではないのでそれぞれの幸せのカタチがある…
与えられた条件で幸せになるゲームが人生…
幸せは個別案件なんですよね…
だから幸せのカタチは一つではない…
意外と私は今まで流れ流され生きてきたと思う…
そして意外となんにも考えなくても そこそこ人生生きてこれる…
まあここらへんが 人生に意味はない…なんて言われちゃう所以なんでしょうね…
自分の人生をまったく気にしない人もいるもんだし…
しかし人間は年老いていくもの…
年老いていくにつれ見た目…体力…社会的価値…も変わっていく…
やはり若さと健康があるというのは最強の武器なんですよね…
若さがある時の行動が将来の自分に繋がっている…
まあアリとキリギリス的な要素ですね
流れ流され生きてきても なんとかなるかもしれないのが人生なのですが 人間は未来の不確定要素を無くしたいと強く思ってしまうものですからね…
出来れば未来をコントロールしたいと思ってしまう…
しかし技術っていうのは未来にどうなるかはわからないもんですし…
スマホだって今じゃ普通ですけど 昔はガラケーだったんですよ…
今思えばガラケーなんかの機能はたかが知れていたけれど みんながみんなiモードなんかに夢中だった…
それがスマホの登場で今ではみんなスマホに夢中…さらに進化している
今年の確定申告だってスマホがなければ会場に行っても申告出来なかっただろうし…
やはり技術が庶民に降りてくると生活自体が変わってしまうもんですね
それこそ生活を一変させてしまう技術だって出てくるでしょう
この先の未来も新しい技術が出てくることに違いない…
庶民の選択肢は自分で選んでいるように見えるだけで 実はそんなに選択していないんじゃないか…?
幸せになるには あらかじめ決まってある選択肢の組み合わせが必要であって 多くの人にとっては特別に自分でコントロールしているわけじゃないな…と最近は思います
ようは今すでに用意されてあるカードを次々とめくるようなものじゃないでしょうか?
では皆さん良い一日を
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