強制的なモノの恐怖…

 こんにちは ロンです!



あんまり未来を考えてもね…



私も無職になって1年経ちましたが なんとなくこの先の人生に必要なものがあるな…と分かってきた気がします

とは言っても人それぞれ家族構成も違いますしね…

あくまでも今の私にとっての必要なものなのかもしれません

…この先に独り身になってしまうかも…なんて考えたこともあったんですが それを真剣に考えたところで意味も薄い気もしますし…

やはり人間は今を充実させることが一番大切ですからね…

あまり遠い未来などは漠然と考えるくらいで良いのでしょう…

それこそ真剣に考えたところで絶対に未来は当たりませんしね…



強制が無い方が怖い…



やはり私という人間は怠惰であるので ある程度の強制があった方が良いと思う…

労働というのは決められた日に働くというある種の強制が働くわけですが 無職になるとそこまで強力な強制はなくなる…


しかし私の立場なら家族の家事や母の病院など介護が必ずある

どれも避けて通れない… まあ強制と言えば強制ですね…

正直…面倒くさいと思うこともしばしば…


ですが それらすべてを遠ざけてしまっては 自分という者が毎日健康的に過ごせているかは分からない…というか想像できない…

ただそれらを遠ざけたとしても 自分のやりたいことってなんなんだろう…と考えても分からない…

ぶっちゃけそこまでやりたいことってない…

ただ毎日それなりに頑張って なんとなく自分に言い訳の立つような忙しさがあれば今は幸せです

それもこれもほんの少しの面倒くささがあればこそ…

『人はお金だけでは幸せになれない… 人は自由に耐えられない…』 今のところ私の持論です…



なにより私は怖い…

私の母…そして先日亡くなった義母…

2人とも介護老人になったきっかけは仕事を辞めて自宅に籠もるようになったから…

私は怖い…というのは自分のことではなくて 嫁が義母と同じようにボケてしまうのが怖い…

なんせ数十年寝たきりだった義母と同じで食い意地だけは凄いので もし寝たきりになって生きる目的が食うことだけになっても嫁は生き続けるでしょう…

血を吸わないドラキュラみたいなもんですかね…


今から嫁にも言っていますが 嫁自身も血脈に刻み込まれた因縁だと自覚しているのでしょう… 

将来的にもできる限り仕事をすると言っています… 彼女なりのボケ防止なんでしょう…


やはり基本的に人間は自由には耐えられない… 

ある程度の強制的なものがある方が良い人もいるわけです

例えば 明日ドライブついでに買い物行こう…なんて前日に言っていても 当日になると…やっぱり面倒くさいし止めようか… なんてよくありますし…

やはり自分の意志で中止できるものはダメなんですよ


お弁当作りなどの食事や洗濯…母の通院なんかも先送りはできませんし面倒くさいと思うけど これらをすべて取り除いたからといって 素晴らしい日常というわけでもない

なにより自分一人だけだったら メシだって洗濯だって買い出しだってぜ~んぶ先送りできますよ…

まだ自分が若ければ良いのかもしれませんけど この先に控えている高齢者になってから ぜ~んぶ先送りって怖くないですか?

自分でこの自堕落な生活をひっくり返せるだけのチカラが残っていますかね?

まあ私は無職生活を少しかじったくらいですけど 面倒くさいことや強制的なものを遠ざけすぎた自分が一番怖い…

なにより高齢者になってからでは致命的な気がする…

私が思うにこういうモノは趣味などでは埋めきれないと思う…

やるやらないの選択権が自分にあってはいけない…

ある種の強制的ななにかを身近に置いておきたい気がします

自分にとって 心地良い強制って言うんでしょうか…?

自分にとってはある程度の強制は必要だと感じていますしボケたくない…

自分のアタマで考えずに人生を生きられないというのがこの先は一番怖いです



では皆さん良い一日を

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